弍 帝都入場

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 フィオナは覚悟を決めて剣を抜く。そして周りの様子を観察した。さっきの市場に比べて人数は減っているとはいえ、一般市民の姿がある。  皆、臨戦態勢をとるフィオナ達を不安そうな目で見つめては巻き込まれないように道の端に下がっていた。 (周りの人達が怪我しないように立ち回らないと…!)  ジェイラスとトニーに剣術を教えて貰っていたが、対人に本物の刃を向けることは人生で初めてだ。フィオナはそれだけでも不安でいっぱいになっていた。  その時…フィオナは自分の後方からこちらへゆっくりと近付いてくる異様な魔力の塊を感じた。目の前の男たちも同じようで、彼らはフィオナではなく、その後ろの人物に目が釘付けだった。  ザッ、ザッ…と土を踏みしめる音が聞こえてくる。その音が大きくなったかと思うと…。  剣を構えるフィオナの隣で自分より頭ひとつ分背の高い黒尽くめの男が立ち止まったのだ。フィオナは緊張から恐るおそる隣に立つ男に目を向けた。  そこには夜の帳のような黒髪に、ギラリと鋭い輝きを放つ赤い眼。黒い男はその血濡れたような赤い目でフィオナを一瞥すると、すぐに視線を外して立ち塞がる男たちに目を向けた。 「どけよ」  苛立ちすら感じる底冷えする冷たい声が黒い男から発された。ゴロツキ達は足がすくみながらも「お前も試験を受けに来たのか?」と尋ねていた。 「…うるせぇな」  その質問が黒い男の癇に障ったらしい。黒い男の周りでより濃度を上げていく魔力に隣に立つフィオナはゾワゾワと鳥肌を立てていた。  この一瞬でも、彼の魔力を肌に感じてフィオナは悟った。この黒い男の魔力量と質は上位の魔術師に匹敵するものだと。  すっかり萎縮してしまった男たち。勢いを無くし、黒い男が再び歩みを進めると無意識のうちに道を開けていた。  黒い男は当然のような顔をしてその開かれた道を歩いていく。と、一人のゴロツキ男が何やら発狂したように叫び出して黒い男の背中目掛けて数本の短剣を投げ付けた。  黒い男は振り返り、自分目掛けて飛んでくる短剣たちを最も簡単に魔法で払った。 「あっ!」  何かに気付いたフィオナの体が反射的に動いて、その払われた短剣の向かう先に走った。 「きゃあ!」  そこには平民の母親と娘がおり、流れ弾のようにその親子に向かって短剣が牙を向いたのだ。  フィオナは全速力で走って剣で一つの短剣を払い落とした。しかし、まだ残りの短剣が…。 (っ、レイさん…!)  早速レイの恩恵に与るようである。フィオナは剣から短剣を取り出して娘の目の前にまで飛んで来ていた短剣を払い落とした。そしてもうひとつはフィオナの腕を斬りつけたことで地面に落ちる。  深傷ではないがズキズキと痛む傷にフィオナは顔を顰めた。 「あ、ありがとうございます…!」  母親が娘を抱き締めながら顔面蒼白でフィオナに礼を言う。フィオナは彼女たちを守れて良かったと安堵の笑顔を浮かべた。
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