弍 帝都入場

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「お前っ、何してんだ!」  突然、ゴロツキ達のリーダー格のような男が、発狂して短剣を投げ付けた男を怒鳴った。  黒い男も足を止めてこちらの様子を窺っている。気のせいか、ジッとフィオナを見ているみたいだ。 「大変申し訳ない」  仲間を怒鳴った男は先ほどまでの不躾な態度を一変させて、とても礼儀正しい態度でフィオナ達に近付いては声をかけてきた。  母親は戸惑う様子で頷き、フィオナも警戒して親子を守るように背にして立ち剣を構えた。  男の目線が、フィオナの腕の傷に向けられる。血が滲みリオンから譲って貰った服が汚れてしまった。 「…実は、私たちは皇宮に所属する騎士なんだ」  申し訳なさそうに目を伏せた後、男は顔を上げてからフィオナにそう説明した。  驚くフィオナだったが、彼は構わずに続けた。  今回のシャルル皇子殿下の騎士選抜試験は、受験希望者が殺到し埒が明かないので、こうして皇宮の騎士たちが見込みのない受験希望者たちをふるいにかけて数を減らしているらしいのだ。  その皇宮騎士に絡まれた自分は失格対象だったのかと落ち込むフィオナ。 「…君は、この場の誰よりも早く動き、身を挺して住民を守った。誰よりも騎士らしいよ。自分が恥ずかしいと思うほどだ」  そんな彼女を騎士の男がニコリと柔らかく笑って慰めた。 「つまり、君は受験資格があると判断する。試験会場にまで連れて行こう」  フィオナはパッと顔を上げて明るくさせた。 「そこの黒い服の君も。私について来てくれ」  そして騎士の男は後ろを振り返り、少し離れたところにいる黒い男にも声をかけた。 「——私もご一緒していいですか?」  その時、新しい声がかけられた。フィオナ達はその声が聞こえた方へ顔を向けると、そこにはどう見ても高貴な貴族の風貌のスラリとした若い男が立っていた。 「あ、貴方様はっ…!」  騎士の男はその貴族の男の事を知っているようで、とても驚いた顔をしている。  フィオナは改めて貴族の男に目を向けた。  癖毛なのか緩く巻かれた薄茶色の髪を綺麗に整えて、その瞳は藤の花を思い出すほどに美しい紫だ。とても綺麗な、『美人』という言葉が似合う上品で整った顔立ちをしている。 「ミリシアン侯爵様へご挨拶致します!」  騎士がこちらへ近付いてくる貴族の男に頭を下げると、他の者も一斉に頭を下げた。『ミリシアン』と聞いて、平民たちも頭を下げている。  フィオナも彼の事を噂で知っていた。数年前に起きた戦争で大活躍し、皇帝より侯爵として召し上げられた英傑…。 「…ヒメロ・ミリシアン侯爵様…」  フィオナは驚きを隠せず、つい彼の名を呟くように口にしてしまった。  すると、目の前にまでやって来たヒメロはフィオナにニコッと優しい笑顔を向ける。 「このような可愛らしい女性にまで私のことを知って貰えているとは…とても光栄です」
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