弍 帝都入場

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 ヒメロに微笑まれたフィオナは、あまりの美しさに思わず頬を染めていた。  すると、フィオナの腕の傷に気付いたヒメロはそっと自身の手を翳すとその手のひらに魔力を込める。 「え…!?」  フィオナが驚きの声を上げている間に、彼女の腕の傷がすっかり治ってしまったのだ。フィオナは確認しようと服の袖を捲ってみるが、そこには血の跡があるだけで傷は一つもない。腕から顔を上げてヒメロを見た。 「レディに傷なんてあってはいけませんからね」 「っ、あ、ありがとうございます!」  フィオナはこのエルディカルド帝国の中でも五本の指の実力者に入ると言われている治癒術師、ヒメロ・ミリシアンの御技をこんな至近距離から見たことで、感謝や高揚感で気持ちが昂っていた。  少し興奮気味にぱっと顔を明るくさせて、令嬢らしからぬまるで小さな子供のような笑顔でヒメロを見上げたフィオナ。すると、ヒメロは少し目を丸くさせたが、すぐに貴公子の落ち着いた笑顔を浮かべた。  フィオナはハッとして居住まいを正すと、昔ジュリアンナが練習していた様子を盗み見ながら必死に覚えたことを、ぎこちないながらも思い出しながらヒメロに向けて貴族令嬢のお辞儀をする。 (これから男爵位を継ごうって思っているんだから…しっかりと挨拶しないと!) 「フィオナ・アンダーソンと申します」  指で摘むスカートはないが、そこは形だけ取り繕ってフィオナの中の最大限に丁寧なカーテシーをした。 「…アンダーソン?」  ヒメロがフィオナの家名に反応した。 「ジェイラス・アンダーソン男爵のご息女ですか?」 「は、はい…そうです」  まさかヒメロの口から父の名が出てくるとは思っていなかったフィオナは驚きつつも返事を返す。そして気になる事を尋ねた。 「父をご存知なのですか?」  するとヒメロは少し考える素振りを見せてから「いいえ」と答える。 「男爵と面識はありませんが…私はこの帝国貴族の全ての情報を頭に入れているので、情報として知っているだけです」  面識はないと聞いてフィオナは少しがっかりする。しかし、この帝国の300を優に超える数の貴族の情報を全て暗記しているというヒメロの事を素直に凄いと思った。  卑下する訳では決してないが、アンダーソン男爵家はそれこそ弱小貴族。同じ東部の貴族たちにすら、ちゃんと認識されているかどうか…程度の家門である。 「どちらかというと、アンダーソン男爵は爵位を賜る前の方が有名でしょう」  ヒメロがフィオナの様子を伺いながら続ける。 「ジェイラス氏は現皇帝の亡き妹君…悲運の皇女と呼ばれる姫君の忠実な騎士でしたから」
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