弍 帝都入場

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 その話ならフィオナも知っている。 (確かその皇女様がご病気で亡くなられたことで、お父さんは皇宮の騎士を辞めたんだよね…)  まるで、もう城には仕えるべき主人がいないと言わんばかりの行動だ。 「なんだお前、騎士の娘なのか」  ヒメロではない別の人物から突然声を掛けられたフィオナは、肩をびくりと揺らして声のした方を見た。  するとそこにはいつの間に近くまでやって来たのか、先ほどの黒い男が…。男は睨み付けるように赤い目を細めてフィオナを見下ろしている。 「な、なにか…?」  ヒメロとは違い、友好のカケラも無さそうな雰囲気の彼にフィオナは初対面であるが少し苦手意識を持っていた。  先ほどは分からなかったが、思ったよりも若そうでフィオナとそう年も変わらないくらいかもしれない。  顔立ちは神経質そうではあるがヒメロと同じくらい整っているのに…あの鋭い目付きが全てを台無しにしている気がする、とフィオナは思った。 「お前に興味はない。あるのはその剣だ、見せろ」  黒い男は傲慢にもそのような命令口調で威圧的にフィオナに言った。フィオナは一瞬固まるが、すぐになんて不躾な人だろうと思い睨み返す。 「嫌です…この剣はとても大事なものなので、貴方のような人に見せたくありません」  控えめな性格の彼女にとって、これが精一杯の反撃だった。すると男はチッと舌打ちをして、苛立っている様子を見せる。フィオナは怯えてこの場から逃げたくなった。 「君…まずは名乗ることで関係性は生まれるものですよ」  男の態度を見兼ねて、ヒメロが優しく諭すように言った。そんなヒメロに男は睨み付けて「うるせぇな」と反抗期のように噛み付く。ヒメロの柔らかかった藤色の目が鋭くなった。 「…その黒い髪と赤い目…特徴だけ見れば北部の覇者イース公爵家の血族者なのかと予想していたけれど…」  ヒメロの癖なのかゆっくりと手を顎に当てて余裕な態度で思考を巡らす素振りを見せる。そんな彼の前で男は『イース公爵』と聞いて、不機嫌そうな表情を浮かべた。 「確か…北部にある魔塔にイース家とよく似た毛色の魔術師がいると聞いたことがあります。元々は孤児で凍死寸前だった時、魔塔主に拾われたとか…」  ヒメロの推理するようなわざとらしい物言いが勘に障るのか、男は眉尻や下瞼、そして口端を不愉快そうにピクピクと痙攣させていた。 「魔塔主の家名『ブラッドリー』を継いだ一人息子がいると…」 「おい! 何でお前が親父の家名を知ってるんだ!」  我慢の限界だったのか、男がヒメロの胸元に掴み掛かった。
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