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フィオナが「きゃあ!」と叫び声を上げると同時に騎士の男が二人の間に割って入った。
「落ち着いてください! ここで問題を起こすようなら、二人とも失格とさせて頂きます!」
黒い男ブラッドリーは悔しそうな顔をしたままヒメロの胸元から手を離すと、ヒメロは涼しげな顔で衣服を整える。
「さぁ、会場へ向かいましょう」
騎士の男がそう言うと、先導するために歩き始めた。ブラッドリーはフィオナとヒメロに背を向けるとその騎士の後へついて行った。
「…ミリシアン侯爵様は、色んな事を知っておいでなのですね」
不安そうな顔をしたフィオナが尋ねると、「ヒメロでいいですよ、どうか気軽にお話しください」と彼は優雅に返して、そしてフィオナの質問へ返答する。
「…情報収集は私の趣味なのです」
それだけを言ってにっこり微笑むと、ヒメロも騎士の後を追うようにこちらに背を向けて歩き出してしまった。
(…趣味にしては、色々と知りすぎているような…)
ジェイラスの過去については誰もが知り得る事なのでどうも思わなかったが、魔塔主の家名が『ブラッドリー』なのだとフィオナは知りもしなかったのだ。
北部にある魔術師達の楽園『魔塔』は、フィオナ達のような一般人には謎に包まれた未知の塔だ。外界と遮断している、という程ではないが魔塔の魔術師達は変わり者ばかりであまり外と交流する事を好まず必要性がない限り塔の中に閉じこもっているという。
今日、たまたまフィオナは魔塔主の家名を知ってしまったが、それを知る人物はこの国にどれほどいるのだろう。きっと、そう多くないはずだ。むしろ、ほぼ居ないと言ってもいい。
そんな情報まで知るヒメロは、本当に『趣味』だけなのだろうかとフィオナは思った。
騎士の男に案内され到着した場所は、皇宮でも何でもない都会の喧騒から離れた町はずれにある小さな館だった。
フィオナは警戒しながらも中に入ると、そこには受付席のように配置された席に着席する一人の文官と、大勢の騎士や皇宮魔術師達が待機していた。
「こちらにお名前を」
ブラッドリーとヒメロに続き、フィオナも差し出された紙に自分の名を書いた。文官が紙に書かれたフィオナの名を見て、チラリと彼女の顔を見上げる。
「はい。アダル・ブラッドリー殿とフィオナ・アンダーソン嬢ですね」
ブラッドリーの名はアダルというのか、と呑気なことを考えながらフィオナが頷くと、突然待機していた数人の魔術師達が呪文を唱え出す。
「え!?」
「っ!?」
フィオナとアダル二人が驚いたのと同時に、彼らの足元に青い光を発光する魔法陣が浮かび上がった。
「おい!」
アダルが目の前の文官を睨み付けて吠えた。
「これはどういう事だよ! 転移ま——」
そしてアダルとフィオナだけがこの部屋から消えた。
「ヒメロ・ミリシアン様」
何事も無かったかのように、文官は次にヒメロに目を向けて言う。
「貴方はこちらへ」
「…私は彼らと共に行かなくても良かったのですか?」
ヒメロがそう尋ねると、文官は静かに頷いてから「貴方様の実力なら、彼らが今から受ける基礎項目試験の合格基準を満たしています」と答えた。
「それは残念。もう少しだけ、あのアンダーソン男爵のご息女とお話してみたかったのに…」
ヒメロは小さな声で呟いて、残念そうに微笑んだ。
—弍 帝都入場・終—
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