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壱 弱者の挑戦
エルディカルド帝国の東部サブリナ地方の南方方面にあるアンダーソン男爵領地はとても小さな領地である。
その男爵家の令嬢であるフィオナ・アンダーソンはもうすぐ成人年齢とされる16歳になる歳だというのにデビュタントの予定も準備すら未だ何も決まっていない名ばかりの貴族令嬢だった。
領地には農民の集落が集まって出来た農村が幾つかあり、目立った特産物はなく、しかし四季の差はあるが比較的に年中穏やかで暖かな気候だからか農作物はよく育ち領民たちは基本的に自給自足の生活だ。
大きな町がひとつあるだけで、見渡す限りの畑、田んぼ、そして雄大に広がる草原。傍には鬱蒼とした森があり、まるで架空の物語に出てくる亜人エルフが住んでいそうだと思えるほどの大きくて深い森がある。
三度の飯より自然が好きだというような人物がもしアンダーソン男爵領地を訪れたら、喜びのあまり踊り狂うことだろう。…つまりは、ど田舎なのだ。
都会の喧騒とかけ離れたのどかな土地に、今日も朝日が昇り燦々と照らしていた。都会の住民達がまだベッドで横になっている時間、領民たちはすでに仕事を開始している者ばかりで皆朝が早いのだ。彼らにとってのいつもの日常が始まる——。
「フィオナ、早く洗顔用の水を準備して頂戴!」
「はい、お母様!」
「フィオナお姉様! 私のリボンはどこなの!?」
「貴女のドレッサーの前に準備しているわ!」
アンダーソン男爵家にも朝がやって来た。男爵家とは言っても使用人は一人もおらず、代わりにフィオナが忙しそうに屋敷内を駆け回っていた。
他の貴族の屋敷に比べればとても小さく質素な屋敷なのだが、継母と義妹に振り回されて屋敷の端から端を何度も往復しているので朝から既にくたくただ。
朝日が昇る前から朝食準備に取り掛かり、彼女たちの起床時間に合わせて配膳していく。
アンダーソン家の朝食、継母であるカサンドラと義妹ジュリアンナの着飾った二人がゆっくりと席に着席する頃にはフィオナによって完璧な朝食が準備されていた。
「またオムレツと野菜スープ? こう何度も出されるといい加減飽きてくるわ」
食台に乗ったフィオナお手製の料理を見てジュリアンナは眉を顰めて文句を言った。
「本当にお前は…仕事が出来ないわねぇ」
ジュリアンナの言葉に同調するように、カサンドラは哀れむ目をフィオナに向けながらため息を吐く。フィオナは二人の不満そうな様子に、ぎこちなく笑って下を向いた。
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