参 専属騎士選抜試験

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「うぅ、…うぅぅ〜!!!」  涙混じりの呻き声を発して、後ろに椅子ごと倒れたアダルの上に馬乗りになっては彼の胸元を掴んだフィオナ。 「なんだよ、くそっ…!」  アダルは倒れた衝撃で痛む背中に顔を顰めながらも、突然襲いかかってきたフィオナにすぐにいつもの調子で睨みを効かせては彼女の震える手を荒々しく振り払った。 「と、取り消して! 私は、そんな気持ちでこの試験に臨んでるんじゃない!」  フィオナの涙がポロポロとアダルに降りかかる。 「何も知らないくせに! 勝手な事を言うなっ」  アダルも先ほどの発言に多少の罪悪感があったのか少しだけ躊躇う様子を見せるが、ギリっと奥歯を噛み締めると自分の上からフィオナを突き飛ばして退かせた。 「知るかよ。お前のことなんて、これっぽっちも!」  その時、騒ぎを聞き付けた試験官が騎士を伴ってやって来た。 「何の騒ぎですか?」  身嗜みが崩れているフィオナとアダルの姿に目を細めて見下ろす試験官の後ろには、その騎士の中に紛れて昼間には無かったヒメロの姿もある。 「おや、貴女は…フィオナ嬢ではないですか」 「あ…ヒメロ様…」  すぐにフィオナに気付いたヒメロが前に出てきて彼女に手を差し伸べ、彼女を立たせた。 「侯爵様、お知り合いですか?」 「はい、昼間に顔見知りに…彼女はアンダーソン男爵のご息女です」  試験官の質問にヒメロは笑顔でそう答えると、『アンダーソン』の言葉に後ろに控えていた騎士たちが騒ついた。「この子が、ジェイラス卿の…」といった、戸惑いとも取れる言葉が聞こえてくる。 「因みにこの目付きの悪い彼も昼間に知り合いました。…ここは私の顔に免じて、見逃しては貰えませんか?」  騒ぎを起こしたり規律を乱す者は受験資格を剥奪する権利を与えられている試験官だが…。「うぅん…」と少し悩んでから、ヒメロに頼まれては無下に出来ないと試験官は頷いて彼の頼みを受け入れることにした。 「…貴方がそう仰るなら…。しかし、見逃すのもこの一回きりです」  そう言ってこの場から立ち去る試験官。フィオナはホッと安堵の息を洩らし、アダルは「ふん」と悪態をついていた。 「…ヒメロ様、ありがとうございます…」  フィオナが深く頭を下げながら感謝の礼を伝えると「いえ、お気になさらず」と優しい笑顔を浮かべたヒメロが続ける。 「私もつい先ほどこちらに到着致しまして…貴女のそのような姿を見て驚きましたよ。何かありましたか?」  自分を心配して尋ねてくれているのだろうが、フィオナは何となくアダルとのやり取りをヒメロに知られたくなくて口を噤む。  ヒメロはフィオナのそんな様子に小さく息を吐いてから、後ろを振り返りアダルに声をかけた。 「アダル、立てますか?」 「…うるせぇ」  アダルはヒメロを睨み付けながら立ち上がった。 「…君、仮にも助けて貰った人にする態度ではありませんよ」  ヒメロはどこか諦めた口調で言ってから、サッサとこの場から立ち去ろうと背を向けるアダルに呆れたと首を横に振る。 「あの、ヒメロ様…私も少し、一人で頭を冷やしてきます」  フィオナは暗い表情のまま、ヒメロと目も合わせずにそう言うと人気のない暗がりの方へと歩いて行ってしまった。 「…明日で試験は終わると言うのに…」  ヒメロは立ち去るフィオナとアダルの背中を順に見つめてから、嘆かわしい様子で呟いた。
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