参 専属騎士選抜試験

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 第一試合が始まった。それは双剣士と拳士の戦いで、圧倒的に機動力のある双剣士が有利かと思っていたが勝ったのは拳士だった。 (武器がなくて不利だと思ったけど…魔力を纏う拳こそが彼の最大の武器だったのね)  フィオナは感心した様子でその試合観戦をしながら、良いところは少しでも吸収しようと彼ら二人の動きや技術を分析していた。 「次。ジャスパー・ウエルとヴァン・ヴォルフ」  すぐに第二試合が開始される。名前を呼ばれた両者がコートに入っていき、フィオナはとある人物の姿を見て、あっ、と思った。 (ヴァン・ヴォルフ…昨日の基礎試験では魔法以外の殆どの項目が上位成績だった人…)  フィオナ以外の受験者もこの第二試合を注目していた。何故ならヴァン・ヴォルフは…帝国の南部でとても有名な傭兵だからだ。人は皆、彼の事を『餓狼の傭兵王』と呼ぶ。  その狼のような銀髪と肉食獣特有の狩人の鋭さを持つ金の瞳。野生の一匹狼のように戦場を駆け回る彼は、これまでの戦で圧倒的な力を以て無敗の男なのだ。  大剣を持つヴァンに対し、相手の受験者は戦斧だった。似たような大型の武器で、両者とも体格がとても良く荒々しい雰囲気だ。 (この試合、激しいものになりそう。両者とも大怪我をするかもしれない…)  フィオナは自分が出ている試合でも無いのに、何故だか緊張してゴクリと唾を飲み込んでいた。  試合が始まる。ジャスパーがその太い腕で戦斧を真横に振ると、ヴァンは大剣を構えて…かと思えば一歩下がり戦斧を避けると大剣を投げ捨てて、ガラ空きになった相手の懐目掛けて走った。 「えぇっ!?」  フィオナは思わず驚きの声をあげる。ヴァンはそのままジャスパーの顔面に跳び膝蹴りを喰らわすと、よろめいたジャスパーの首に後ろから腕を回して首に絞め技をかける。  戦斧を振り回すが背後に潜むヴァンには当たらず、次第に顔が真っ赤になっていくジャスパーが白目を剥きながらヴァンの腕を何度もタップしていた。  相手が泡を吹きはじめた頃にヴァンが腕を離すと、ジャスパーはそのまま気を失い地面に倒れてしまったのだった。  ヴァンの勝利だ。鮮やかすぎるほどに短期決戦だった。周りがどよめく中、投げ捨てた大剣を拾うヴァンに試験官が冷や汗をかきながら尋ねる。 「何故、武器を使わなかったのですか?」  するとヴァンは少し驚いた顔をして、当然のように答えた。 「何故って…殺したら失格なんだろ? 大剣(こいつ)を使っちまったら、殺しちまうからな」 「そ、そうですか…」  試験官は戸惑いつつも納得した表情で頷き、次の試合の者たちの名を呼んだ。  フィオナは去っていくヴァンを見つめながら呆然としていた。  『餓狼の傭兵王』の噂は知っていたが、これほどとは思わなかった。武器を使わなかった理由に「殺してしまう」と答えた彼だったが…傭兵トニーに剣の稽古を付けて貰っていたフィオナには彼の本当の意図が分かった。  全てを薙ぎ払う破壊力が魅力の戦斧相手に真っ向勝負をするのは、受ける側は不利だ。だからヴァンは、戦斧を大剣で受け止めずに後退する事で避ける選択をした。そして、大剣を手放して身軽になり相手の急所を攻撃する。不意打ちを食らった相手は驚きと混乱、そして衝撃に耐えなければならない。そこに攻撃を畳み掛けたのだ。 (あの人はあの一瞬で勝つ為の最善策を瞬時に選び、実行した…戦場を生き残る傭兵に必要な機転で…!)  これがレイの言っていた『機転』なのだと理解したフィオナは、ギュッと腰にぶら下げた剣を握り締めた。
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