壱 弱者の挑戦

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「…ま、ここでこんな話をしても仕方ないわ。ジュリアンナ、頂きましょう」 「そうね、お母様」  二人は気を取り直して銀食器に手を伸ばし、何食わぬ顔で食事を口に運び始める。 「このパンは…まぁまぁ美味しいわね」  ジュリアンナが偉そうな態度でフィオナが早朝から焼いたパンを褒めた。フィオナは嬉しさからニコッと小さく笑い、そして自分も朝食を取ろうと着席する為に椅子を引くと…。 「フィオナ。お前はまだ仕事が終わっていないでしょう? 食事は掃除が終わってからでないと」 「…………」  カサンドラのピシャリと言い放った言葉に引いていた椅子を元の位置に戻し、掃除をするために食堂を後にした。  家中の掃除を行い、カサンドラ達が食事を終えた食器をキッチンにまで下げてそれをまた洗う。彼女たちの衣服を丁寧に洗濯しそれを庭に干し終えた頃には、時刻は既に正午を回っていた。 (数時間後には夕食の準備を始めなきゃ…)  そんな事を呆然と考えながら、キッチンの端にある小さなテーブルで冷えた野菜スープを口に運んだ。自分は正当なアンダーソン男爵令嬢ではあるが、この姿を見て誰もそうだとは気付かないだろうな、と思う。  カサンドラに銀食器を使う事を許されていないフィオナは木製のスプーンをスープカップに立てかけるように置いて、自身の手をかざして見た。  水仕事などで出来た小さな小傷がたくさんあり、どう見ても貴族ではなく使用人の手だ。  暗くなる気持ちを切り替えるために、ジュリアンナに褒められたパンをひとくちサイズに千切っては勢いよく口に入れた。 「! 本当、私ってパンを焼く天才ね」  自分でも満足のいく出来映えのパンに、フィオナは明るく笑って独り言を言う。 「………」  しかし何故か気分が晴れることなく彼女は少し俯き加減となり、それ以降は黙ってもくもくと食事を進めたのだった。  フィオナが産まれて7歳になる頃、母親が病気で他界した。それからは父であるジェイラス・アンダーソン男爵が男手ひとつで彼女を育ててくれた。  ジェイラスは平民でありながら騎士として、皇族に直接仕えていた程の実力者だった。  現在の皇帝の命により腹違いの妹皇女に仕えていたのだが、皇女が病死してからは皇帝の元へは戻らず騎士を引退したのだという。  その時に、ジェイラスがこれまで献身的に皇族に仕えてきたことへの功労として皇帝からアンダーソン男爵位と領地を与えられたのだとか。ジェイラスは慎み深くその恩恵を頂戴し、このアンダーソン領地でフィオナの母と結婚しこの地を治めてきたのだった。
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