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「嬢ちゃんの…フィオナだっけか。雷魔法を使えば、最速のスピードでこの盗賊団を振り切れるだろう」
ヴァンがフィオナを指差しながら言った。
「ヴァン・ヴォルフ…貴方は?」
「俺は、お前らを追う盗賊達を蹴散らす役目さ。殿は俺に任せろってな!」
ヒメロの問いにヴァンは決め台詞のように言って自分の胸を叩く。ヒメロは頷いてから、「中継ぎは私とアダルが引き受けましょう」とアダルに言った。
ヴァンが大剣を振り上げて、盗賊達を薙ぎ払い馬車への道を開いていく。フィオナはすぐにその道を突き進み、馬車の扉を勢いよく開けた。
「シャシャっ!」
余裕のないフィオナは、思わずシャルルをシャシャと呼んでしまう。馬車の中には驚いてフィオナを見上げるシャルルと試験官の姿があった。
「…フィオナ・アンダーソン…! 早く殿下を!」
「はい!」
真剣な表情の試験官にフィオナは力強く頷いて馬車の中に乗り込むとシャルルの前に立つ。
「殿下、失礼します…!」
「えっ?」
シャルルが疑問の声を上げるも、フィオナは両手をシャルルの背中と膝裏に差し込むように入れて、抱き上げる。
「フィ、フィオナ…!?」
つまり、お姫様抱っこである。
まだフィオナより背が低いとはいえシャルルも男だ。同じ年頃の女性に横抱きされた経験のない彼は戸惑いのあまりフィオナの腕の中で真っ白に固まっていた。
フィオナはそんなシャルルの様子にも気付かず、キリッとした面持ちでシャルルを抱えたまま馬車の外に出た。その瞬間、アダルとヒメロとヴァンが目を丸くする。応戦中の周りの騎士たちも戸惑いの表情を浮かべていた。
「あっはっはっ!」
シャルルの状況に空気を読まないヴァンの大笑いが遠慮なく響き、その隣でヒメロは小さな皇子を憐れむ目で見つめている。
「うわ、きっつ…」
いつもはポーカーフェイスのアダルも少し顔色悪くして呟いた。
「これより、シャルル殿下を無事に帝都までお届けします!」
フィオナはやる気いっぱいの気持ちで叫ぶようにそう言うと、応戦していた筈の騎士や盗賊達が手を止めた。
静かになっていく喧騒。鍔迫り合いの音や怒声が無くなり、フィオナはシャルルを抱えたまま何かがおかしいと眉を顰めた。
「……フィオナ、そろそろ下ろして」
「えっ、あ、はい…」
静まる中、シャルルが真っ赤な顔で恥ずかしそうに手で顔を抑えながら言った。
「まさか、こんな辱めを受けるなんて…」
地面に着地して早々にシャルルは、潤んだ目でフィオナを責める目つきで見た。
(か、かわっ…!? 美しい…!)
フィオナがシャルルの真っ赤な顔で目を潤ませながら上目遣いでこちらを見上げてくる姿に、不可抗力にも胸をときめかせていると…。
盗賊の中から一人、男がこちらへ歩いてやって来た。
フィオナは警戒して剣を掴み戦闘体制に入るが、その盗賊の男の顔に見覚えがあった。
「え!? 貴方はっ…!?」
「昨日ぶりだな」
フィオナを精査しようとゴロツキに扮装していたあの騎士の男だった。
「も、もしかして…」
フィオナは自分の考えを否定したい気持ちだったが、馬車の中から試験官が現れて「彼らは盗賊団に扮装した我が帝国が誇るタイタン騎士団の者たちです」と言った。
「だよなぁ、おかしいと思ったんだよ。騎士と盗賊で実力差があんのに、一向に盗賊達は殿下に手をかけようとしねぇから…」
ヴァンが頭を掻きながら笑って言う言葉を、フィオナは頭の中で必死に噛み砕いていた。
試験官がはっきりとした口調で言う。
「これにて、専属騎士選抜試験の最終実技試験を…全試験を終了致します!」
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