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馬車の中、シャルルの隣に座るフィオナはまだ信じられない気持ちだった。目の前の試験官をジッと見つめていると、彼女の気持ちを悟ってか試験管は無表情のまま改めて彼女に事実を伝える。
「…フィオナ・アンダーソン。貴女は試験合格者ですよ」
「……あ、あの…」
目をぱちくりとさせるフィオナ。
「私、試合でアダルに負けたのに…」
「あれは単に対人戦の力量を測るだけで、負けたからといって失格というわけではありません」
試験官は淡々と続けた。
「我々は力自慢大会をしているわけではありませんので」
「えぇっ!? で、でも私より優秀な成績の人は沢山いて…えっと、もしかして、私がシャシャと…いえ、シャルル殿下と仲良くしていたから?」
あまりの実感の無さに、フィオナが混乱しながら言うと試験官は不愉快そうに顔を歪めた。
「この後に及んで貴女は、私を侮辱するのですか? 純粋に能力分析し精査した上で合否を決めています。その上で将来性を見出され、基礎項目試験で貴女は合格してきたのです」
現在の能力で合否を決めるのは愚か者がすること、出来る試験官はその者の将来性も加味します。と、続く試験官の言葉にフィオナの手が震える。
「何より、貴女たち合格者四名は皇子殿下を救うための行動を取りました。その事実が一番大事なのです」
試験官はそう言って珍しく優しい表情で微笑んだ。フィオナが少し目を丸めると、彼の表情はすぐにまた無表情へと戻る。
「…フィオナ、素直に喜んでいいんだよ」
隣に座るシャルルが言った。
「………合格、…」
言葉に出した瞬間、実感が湧いてきてぶわっと涙が出てくるフィオナ。シャルルは彼女に寄り添うように手を握り、そして目の前の試験官に顔を向けた。
その瞬間、シャルルと目が合った彼はギョッとした表情を浮かべて青い顔で咳払いをするとそそくさと馬車の中から降りて行った。一体彼は、シャルルの表情から何を読み取ったのか…。
「よく頑張ったね、フィオナ」
シャルルはフィオナへ向き直り笑顔を浮かべると、子どものように泣く彼女を抱き締めて幼い子をあやすような優しい声で言った。
「君が掴んだ人生だよ」
フィオナは「はい…!」と頷いて、シャルルの温かな胸の中で、思いっきり嬉し涙を流したのだった。
試験官が馬車の外で待機していると、フィオナの様子を見にやって来たらしいヴァンが現れた。
「…今は辞めておいた方がいいですよ」
「おん?」
中へ入ろうとするヴァンを慌てて止めて、試験官は冷や汗を流し馬車の扉を見つめる。
(…フィオナ嬢、私は貴女に同情しますよ)
試験官は思った。
(欲しいものは必ず手に入れる、それがシャルル殿下の皇族らしい強欲な本質…)
彼はこの帝国の天使と謳われる優しく聡明な皇子に違いないのだが、しかし気に入ったものは必ず手中に収める。誰の不興も買わず、ごく自然に、あるべき所へ収まるように…そういう流れをつくる。
(他でもなく私自身がそうだ。実体験に基づく確信)
この試験官は元々、第一皇子に忠誠を誓うはずの人間だった。それが今ではシャルルへ忠誠を誓っている。
(殿下のあの様子じゃ、もう…彼女は逃げられないでしょうね)
—参 専属騎士選抜試験・終—
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