参 専属騎士選抜試験

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(確かに剣術の基礎は出来ていたし、才能と資質もあった。穏やかな性格で人並みに劣等感を抱く、ごく普通の少女…興味はすぐに薄れた)  夕食時にフィオナがアダルに掴み掛かった場面を思い出す。その後、一人夜空を見上げながら涙を浮かべるフィオナを見てシャルルは最後の一欠片の好奇心から彼女に声をかけたのだ。  彼女は後悔から自分を責め、自分を下げて悲観し、そして自分の不遇を語った。シャルルはフィオナの境遇に同情はしたけれど、そんな事が参加した理由だったのかと初めから期待はしていなかったものの少しガッカリしてしまった。 (——はずだった) 『私もそんな父の後を継ぎたい、それが私の夢』 (泣いていたはずの君が、強い意志を持って前を向く瞬間を僕は目撃した)  確かにさっきまで弱々しく泣いていたはずなのに…その瞬間、彼女の顔が変わったのだ。たったそれだけの事だけど…。  シャルルはふふ、と柔らかな笑みを浮かべて再び窓の外に目を向ける。 (僕はあの瞬間、君に恋をしてしまったんだ)  楽しそうな様子のシャルルを不安げな目で見つめるザフェルは、はぁ…、と小さなため息を吐き小さな主人に釘を刺す。 「私は忖度しませんからね」 「忖度?」 「…フィオナ・アンダーソンが合格基準に満たなかった場合の事を言っています」  ザフェルが緊張した面持ちでそう答えると、シャルルが「…あぁ」と納得した様子で相槌を打った。 「勿論。僕はザフェルに試験の全権を任せてるから、君の好きにして貰って構わないよ」  余裕ある笑みを浮かべるシャルルに、ザフェルは何故かぞわぞわと肌が粟立っていた。 「でも僕は、フィオナの『たった一人の主人』になるよ」  青い目がギラリと光る、そしてこの確信に満ちた表情。ザフェルは久しぶりに主人の本性を目の当たりにしてしまい更に鳥肌が立ち、髪の毛までもが逆立っていることが分かった。 「…殿下がいくら彼女を望んだとしても、彼女の身分では許されない…二人が結ばれることはない筈です」  愛人として囲うなら別ですが、と、ドキドキと鼓動する心臓でザフェルが勇敢にもシャルルに異議を唱えた。  するとシャルルは目の奥を鋭くさせたまま笑みを深めて「ザフェル」と、彼の名を呼ぶ。 「僕の望まないことが、これまでに起こることはあった?」  そしてその鋭い目は、続けて『今後もそんなことは起こり得ない』と言っている。ザフェルは小さな声で「ありません…」と答えた。 「ふふ。さぁ、ザフェル。そろそろ『盗賊団』に指示して。最終試験を始めようよ」 「…そうですね」  シャルルの言葉に気を取り直したザフェルは窓から外へハンドサインを送る。するとそれを確認した馬上の騎士が頷き、随行していた列から離れて行った。 「ザフェルは心配性だなぁ」  シャルルはクスクスと楽しそうに笑ってザフェルに愛らしい天使のような笑顔を見せる。 「見ててよ。フィオナは絶対に、僕を助けるためにここに来るからさ」  ザフェルはゴクリと緊張の唾を呑み込んで、静かに頷いたのだった。  —参の隙間話・終—
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