間話 朝日

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間話 朝日

「———!?」  朝、下の階から聞こえてくる騒ぎ立てる声で目覚めたカサンドラ・アンダーソンは台無しな朝に眉を顰める。  フィオナは無闇に騒ぎ立てる子ではないし、きっとこの声は我が娘ジュリアンナの声だ。 「ジュリアンナ。どうしたの、朝から騒いで…」 「お母様!!」  2階から降りて来た母親の姿を見つけたジュリアンナは、目に涙を浮かべては慌てたように駆け寄ってきた。 「お姉様の姿がどこにもないの!!」 「…何ですって?」  屋敷の全てを確認したと泣きべそをかくジュリアンナを放置し、カサンドラは自分の目で確かめなければ気が済まないと、このアンダーソン家の小さな屋敷をくまなく確認した。 「……いないわね」  カサンドラがようやく認めたところで、ジュリアンナはついに涙を流して泣き始めた。 「わ、私がお姉様に意地悪をしていたから愛想を尽かして家を出て行ってしまったのかしら!?」 「…大声を上げて泣くのはおよし、みっともない」  カサンドラの叱咤の声も聞かず、ジュリアンナは泣き続けている。 「そんな…私、お姉様をそこまで追い詰めていたなんて知らなかったの! 本当はお姉様が作るオムレツもスープも大好きだし、パンだって一番の好物だわ!」  カサンドラはうんざりしていた。けれど、ジュリアンナの泣き言は止まらない。 「謝るわ! これからはちゃんとお手伝いだってするし、髪だって自分で整えるわ! だからお姉様、戻ってきて!」 「いい加減にしなさい!!」  ついに怒鳴り声を上げたカサンドラに、初めて怒鳴られたジュリアンナは驚きのあまり目をぱちくりとさせ、そして小さな吃逆が起こった。  カサンドラは分かっていた、フィオナが家を出た一番の理由を…。 「この私に楯突こうということね」  カサンドラは顔を歪めては忌々しそうにフィオナの顔を思い浮かべる。結婚が嫌だから、家で貴族としての扱いを受けていないから…それだけの理由で家を出るような子じゃない。 (もしそうだったなら、どれだけ楽だったか…)  カサンドラはそう思ってから、改めてジュリアンナを見た。「ひくっ」と吃逆を上げながら、恐ろしそうな顔で母親である自分を見上げている我が娘。 「ジュリアンナ」  カサンドラは威圧的な態度でジュリアンナの小さな両肩を掴むと、逃がさないといった様子で彼女の顔を覗き込む。 「いい? よくお聞き。貴女がアンダーソン男爵位を継ぐのよ!」  ジュリアンナはビクリと肩を揺らして、そして「え…」と、戸惑いの言葉を洩らしていた。 「そう簡単に後見人が見つかるものですか。学もなく教養もない、爵位の低いちっぽけな貴族令嬢に一体何が出来るというの?」  カサンドラはザワザワと自分の全身の毛が逆立っていくのを感じていた。ジュリアンナは、母親のあまりの恐ろしさに別の意味で再び涙が出てくる。 「二年後、貴女が16歳になったらデビュタントに参加させるわ。来年から通う貴族学院では可能な限りでいいから人脈を築きなさい!」  カサンドラの迫力にジュリアンナは何も言えないでいた。何故母は姉の心配よりも、そのような事を気にするのか…世間知らずのジュリアンナには分からなかった。 「…絶対に、渡さないわ…」  カサンドラは憎しみを込めて言葉を搾り出す。 「フィオナ、あの子にだけは…ジェイラスのものは何一つとして渡さないんだから…っ!」  ギリ、と、ジュリアンナの肩を掴むカサンドラの手に力が入り、ジュリアンナは痛みから顔を顰める。 「それが私の…あの親子への復讐なのよ!!」  窓から差し込む朝日がカサンドラを照らし付けていた。恨みが、怒りが、憎しみが、母を支配しているようでジュリアンナは恐ろしくなる。  でも、朝日に照らされたカサンドラの顔はどこか悲しそうに見えたジュリアンナだった。  —間話 朝日・終—
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