肆 任命式

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「二人とも、これはシャルル殿下のためのパーティーなんだよ。殿下の騎士である私たちこそ格式に則った姿勢と態度を示さなければならないと思うの」  そこに生真面目なフィオナの追撃もあり、二人は更にうんざりした気分となる。ヒメロが彼女の言葉に満足そうな笑顔を浮かべている事も何となく癪に障るし…。 「…フィオナは真面目だなぁ」  ヴァンは貴族社会は面倒だと思う反面、彼女の言葉の意味も理解できたので諦めたように笑って背筋を伸ばす。先程から痛いくらいに突き刺さってくる貴族たちの視線に見せ付けるように姿勢を正した。 「…相変わらず、うるせぇ女だな」 「アダル、今私のこと煩いって言った?」  アダルと出会って二週間弱、試験の日から今日まで家出中のフィオナはヒメロの好意で帝都にある彼の屋敷でお世話になっていた。そして、同じく家無し子のアダルも同様に。  始めこそアダルの粗野な態度や振る舞いに苦手意識を持っていたフィオナだったが、この十数日間ですっかり慣れてしまったのだ。もはや、アダルに対し萎縮する彼女はいない。 「お前ら、よく突っかかっているよな。本当は仲良しなのか?」  ヴァンが呆れた顔で言うと、アダルは威嚇する猫のように「違う!」と、強く否定していた。  そんな彼らを横目に「そういえば…」と呟いてフィオナに目を向けたヒメロ。 「フィオナ嬢…いえ、本日から同僚なのでフィオナと呼ばせて頂きますね。本当に私の屋敷から出て行くつもりなのですか?」  心配そうな顔で尋ねてくるヒメロにフィオナは明るく笑いかけて頷く。 「はい。いつまでもお世話になる訳にはいきませんから」 「…私は気にしませんよ。フィオナであればいつまでも我が家に居てくれて構いません」  ヒメロの屋敷、ミリシアン侯爵家はとても居心地の良いところだ。帝都の南側にある一等地に建てられた屋敷で、上品な礼儀正しい使用人たちが働いている。  フィオナはミリシアン侯爵家に滞在する間、一人の若いメイドと仲良くなっていた。フィオナより三つ程歳上の、姉的存在の友人となってくれたメイドのマーシャ。 「マーシャさんと離れるのは少し寂しいですが…あの、ヒメロ様のお屋敷にたまに遊びに行ってもいいですか?」  フィオナがヒメロを見上げると、彼の藤花色の目とすぐに合った。 「…マーシャに会いに、ですか?」 「はい!今度結び紐を教えて貰う約束もしていて…」 「マーシャだけに会いに来るのですか?」 「え?あ、はい…そうですね」  マーシャ以外に約束を交わした使用人は居ないしな…と、フィオナは戸惑いながら答えるとヒメロは少しだけ眉を顰めた。一瞬、気に食わなそうな様子を見せていたヒメロだったがすぐに和かな笑顔を見せる。 「…貴女であれば毎日来て頂いても構いませんよ。そのまま宿泊すればわざわざ遊びに来る手間も省けると思いますので、そうされてはどうでしょう?」 「あははっ。それだと今までと変わらずに住んでいるのと同じじゃないですか。ヒメロ様のジョークは面白いですね」 「いえ、ジョークなどではなく…」  と、そんな会話を繰り広げているフィオナとヒメロを横目に見ていたヴァンは思った。 (フィオナのやつ、厄介な性格の男に好かれやすいな…。ある意味、男運がない…のかもな)  そして次にパーティー会場の中央の方へと目を向けて、とある人物を見た。貴族たちに囲まれて挨拶を交わしている、もう一人の『厄介な男』シャルルの姿を。  ヴァンがシャルルに視線を送ると、彼の青い瞳とはすぐに目が合った。 (…もしかして…貴族どもと挨拶しながらも俺たちを…いや、フィオナを監視…してるのか?)  ヴァンは聖君の皮を被ったシャルルの執着的な一面を垣間見てしまい、少しだけ身震いしたのだった。
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