肆 任命式

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 四人が他愛ない話をしながら飲食を楽しんでいると、一人の中年の男が近付いてきた。 「ミリシアン侯爵様、お久しぶりです」 「おや、貴方は…」  どうやらヒメロに挨拶に来た中央貴族の伯爵のようで、伯爵はチラリとフィオナやアダル達を一瞥する。 「…私も少しばかり知り合いに挨拶をしてきます。少しの間、ここを離れますね」  すぐに戻ります。と、ヒメロはフィオナたち三人にそう声をかけると、その伯爵とともにパーティー会場の奥へと姿を消した。 「侯爵様ってのも大変だなぁ」 「ふん、貴族なんて生き物は見栄と薄っぺらなプライドで出来た生き物なのさ」 「ちょ、ちょっとアダル!」  残された三人が会話をしていると、とある貴族令嬢が近付いてきて声を掛けてきた。侯爵であるヒメロが彼らから離れた途端にこれだ。 「シャルル様の騎士の皆さん」  三人が振り返ると、そこには綺麗な黒髪に切長な金の瞳をした、異国風を吹かせた小さなご令嬢が立っていた。  とても綺麗な顔立ちをした少女で、将来はとびっきりの美女となるだろう。その愛らしい顔立ちには似合わず、その笑顔はアクのある強気な笑顔で三人を下に見ていることが伝わってくる。 「私、リーロゥ公国の公女、レンレ・リーロゥと申します」  リーロゥ公国と言えば、この帝国よりもずっと東方の向こうにある小国で、エルディカルド帝国の友好国だ。確か去年から第三公女がこの国に遊学に来ていると聞いた事がある。シャルルと同い年の少女と言ったか…。  フィオナは目の前の小さな公女様に礼を尽くすため、頭を下げる。するとレンレはニヤリと笑って、頭を下げるフィオナに「跪きなさいよ」と言った。 「え?」 「そこ、後ろの二人も」  フィオナが驚きで顔を上げると、レンレは偉そうにふんぞり返っては手に持っていた扇でヴァンとアダルを差しているところだった。 「私は将来シャルル様の妻となりますから…今からでも未来の主人に忠義を尽くすのは当然の事でしょう?」  相手を殺してしまいそうなほどに鋭い目でレンレを睨み付けるアダル。その肩を落ち着かせるように軽く叩いて前に出てきたヴァンが、フィオナを庇うよう背にしてレンレの目の前に立つ。  体格も大きく背の高いヴァンに見下ろされる形となったレンレは、少し怯えた様子を見せて彼を見上げた。 「…ぶ、無礼だわ」 「公女様は我が主君の婚約者なんですか?」  そうであれば主人と同等の対応をしなければならない。しかし、シャルルからは婚約者が居るなどとは聞かされていない。 「ち、がいますが…いずれそうなるわ!」  レンレは強気な口調でヴァンに言い返すと、彼を睨み付ける。数多の戦場を生き抜いてきたヴァンにとって、小娘の睨みなどどうって事はないのだが…。 「それなら…礼は尽くしても忠義を尽くす必要は無いですね」  ヴァンは呆れたように笑いながら、柔らかな口調を心掛けてレンレに言った。  するとレンレの顔が真っ赤になる。  シャルルの妻の座を狙う彼女は、この国の高位貴族令嬢たち…つまり他のライバルたちと差を付けようと軽い気持ちでフィオナたちに近付いた。  シャルルの騎士が自分に跪く光景を見せ付ければ、周りの意識は自分をシャルルの未来の伴侶と認識するだろう、と。パフォーマンスのつもりだったのだ。なのに…。 (こんな恥をかかされるなんてっ…!)  貴族たちが自分に注目している。同じ年頃の令嬢達も今レンレを見ている。その口端が自分を嘲笑うように上がっているように見える。
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