肆 任命式

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「…無礼者!」  レンレは恥ずかしさに耐えようと扇を握り締めながら、怒りに震える声でヴァンに言った。 「シャルル様の騎士とはいえ、やはり元々はただの平民、卑しい傭兵!礼儀知らずだわ!」  そしてレンレがヴァンを扇で差しながら更に彼を蔑む言葉を言い募ろうと再び口を開いた時、「レンレ公女」と後ろから声を掛けられる。  レンレがその声に慌てて振り返れば、やはりその声の主はシャルルで…レンレの心臓がギクリとひとつ跳ねた。 「…僕の騎士が君に無礼を働いたのかな?」  シャルルの青い目がじっとレンレを観察するように見つめている。レンレが頭の中で何と言い訳しようと考えていると、別の人物が人混みから現れた。 「シャルル様…レンレ公女様はあろうことか貴方様の騎士達へご自分に跪くよう仰ったのですわ」  見ればそこには精巧に作られたお人形のように愛らしい少女が立っていた。綺麗な銀髪に青い瞳が輝いている。 「マリエン公爵令嬢!」  新たに現れた少女の名をレンレが睨みを効かせながら呼んだ。マリエンと呼ばれた貴族令嬢はお淑やかな雰囲気で、その穏やかな微笑みから心優しい少女の印象を受ける。レンレとは違う奥ゆかしい美しさを持つ少女だった。 「初めまして、騎士の皆様。マリエン・ルーベスと申します」  マリエンは丁寧な美しい所作でフィオナ達に挨拶をする。ルーベス公爵家と言えば、この帝国でもかなりの上位の家格に入る大貴族の家門だ。  レンレと同じく、シャルルの未来の伴侶候補に入る資格のあるご令嬢…。  フィオナは思わず同じ伴侶候補である彼女とレンレを比べて見てしまい、マリエンの方が落ち着いていて上品だしシャルルとお似合いだと思ってしまった。  レンレの意識はフィオナ達からすっかりマリエンに向けられており、劣等感を露わにした様子でマリエンに食ってかかっていた。そんなレンレをマリエンはのらりくらりと躱している。まるで相手にしていない様子だ。 「…あのお二人、相変わらずですね」  ご令嬢二人の光景に圧倒され眺めていたら、挨拶を終えたらしいヒメロが戻ってきた。 「よくある事なのか?」  ヴァンが呆れた表情を浮かべて親指で彼女達を指差しながら尋ねるとヒメロは困ったように笑って頷いた。 「えぇ…お二人ともシャルル殿下の有力な婚約者候補ですから、顔を合わせるたびに喧嘩されています」 「と、止めた方が良いのでは…?」  パーティーの雰囲気も悪くなるし…と、フィオナが焦った様子でヒメロに言うと、彼は何故かにっこりと微笑んだ。 「大丈夫です。彼女たちの喧嘩はすぐに収まりますから」  ヒメロの言葉にフィオナが頭の上でクエスチョンマークを浮かべていると…シャルルが興奮しているレンレの肩に優しく手を乗せていた。 「二人とも、落ち着いて?」  シャルルの優しい声に、レンレとマリエンは言葉を止めて彼に注目する。そこでシャルルが微笑んでみせれば、二人はぽっと頬を赤く染めた。 「二人がいがみ合っている姿なんて見たくないよ…」  そしてシャルルは傷付いたような悲しみに満ちた表情を浮かべて言う。すると二人はハッとした顔をして次第に申し訳無さそうに俯いた。 「せっかくのパーティーなんだから、楽しもうね」  落ち込む様子の二人にシャルルは再び笑顔を見せて彼女たちの手を取った。
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