肆 任命式

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「はい、仲直りの握手」  シャルルに握手させられた二人は少し嫌そうに顔を歪めたが、すぐに笑顔を浮かべて握手した手を握り合う。 「さて…マリエン公女、あちらで貴女のご友人達が待っているようだよ。早く行ってあげて」 「…えぇ、そう致しますわ…」  マリエンはシャルルに未練のある様子ではあったが、その皇子に促されてしまい仕方なく素直に自身の友人達が待つ方へと向かっていった。 「レンレ公女、君は少し顔が赤いようだよ。休憩室へ案内させるからゆっくり休んでおいでよ」 「な、なぜ私だけっ…」  遠回しにパーティー会場から追い出されそうになっている状況にレンレは慌てた。マリエンはそうじゃないのに自分だけ…もしかして、皇子の騎士を勝手に跪かせようとしたことに怒っている…?  そんな考えがレンレの頭に過り、すぐに弁明しなければと彼女は縋る気持ちでシャルルを見た。  するとシャルルの青い目が…いつもは穏やかで優しい瞳が一瞬だけ鋭く向けられた気がしてレンレは恐怖に口を閉じる。 「…これ以上僕に君の心配をさせないで欲しいな」  その言葉にレンレは改めてシャルルを見上げると、彼の目はいつも通り暖かい目付きだ。  レンレは勘違いだったのかと安堵して、そしてこれ以上シャルルを困らせてはならないと反省し渋々頷いた。 「ゆっくり休んでね。元気になったら、またティータイムでもしよう」 「…!は、はい!」  レンレはパァッと顔を明るくさせてから、パーティー会場を後にしたのだった。 「すごい…!シャルル殿下のおかげであっという間に喧嘩が収まったわ…」  フィオナが感心していると、ヒメロは「彼女たちはいつもあぁなのです」と肩を竦めながら言った。  ヒメロの話によると、彼女たちはまだ未成年だからこそパーティーの参加も少なくお互いに顔を合わせる機会は少ないが、しかしその数少ない顔合わせで毎回こうしてシャルルを取り合う牽制を繰り広げているらしい。 「シャルル殿下の婚約者が未だに決まっていないのも、彼女たちが原因だと言われているほどなのです」  何故かヒメロはフィオナの耳元に口を寄せて小声でそう締め括った。フィオナは彼の行動に少し驚きながらも「そ、そうなんですね。シャルル殿下も大変ですね…」と、取り敢えずそう返しておいた。 「…どうでしょうね。案外、殿下が望まれている事なのでは?」  ヒメロは意味深な笑みを浮かべながら姿勢を正すと、顔を上げてレンレを見送るシャルルの後ろ姿を見つめる。  フィオナはヒメロの言葉の意味を理解出来ずに首を傾げてつつも、つられてシャルルの背中に目を向けた。 「…女って面倒くせぇな」  するとアダルがそんな事を呟いたので、フィオナは前を向き直す。見れば、不愉快そうに顔を顰めているアダルの姿があった。  その言葉を聞いたヴァンは大笑いして「将来、悪い女に引っかからないよう今からでも勉強しておきな!」とアダルを揶揄っている。 「うるせぇな…俺は失敗なんてしないんだよ!」 「そうかぁ?童貞のお子ちゃまにはまだ分からないかもしれないが、世の中には色んな女がいるからなぁ…俺も若い頃は何度も騙されてきたし…」 「それはお前が間抜けだからだろ!」  『童貞』と言われて恥ずかしいのか、アダルは顔を真っ赤にしながら物凄い形相でヴァンを睨み付けて食ってかかっている。それをヴァンは余裕な態度でいなしていた。
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