肆 任命式

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「………なんてことだ…」  この世の終わりのような顔をして、シャルルは項垂れた。 (まさかフィオナの誕生日が今日だなんて…!)  おまけに成人年という二度とない特別な誕生日だ。 (知らなかったでは、済まされないぞ!)  シャルルは過去の自分を激しく責め立てながら、何故すぐにリサーチしておかなかったのかと後悔した。  チラリとフィオナを見ると、彼女はヴァンから受け取ったワインを飲み、口に合わなかったのか少し渋い顔をしている。  自分の不甲斐なさに無意識に小さなため息をついてしまうシャルルの様子に、ヒメロが心配そうに声を掛けてきた。 「シャルル殿下、お疲れですか?」 「……そうみたい。少し夜風にでも当たって休みたいな」  シャルルの返答にヒメロが「では、私がお供します」と言うと、シャルルは首を横に振った。 「彼女が少し酔っているようだし、ちょうどいいから一緒に夜風に当たってくるよ」  そう言って、フィオナを指差すシャルル。見れば、初めてのワインに顔を上気させているフィオナがそこに立っていた。少しふらついてさえいる。 「…ヴァン。フィオナにはこれ以上のワインを与えないように」 「おう。つってもグラス一杯なんだが…弱ぇな」  大人組の二人が信じられないものを見る目付きでフィオナを見ながら言った。 「フィオナ、ベランダで少し休もう?」 「? はぁい…」  シャルルがごく自然にフィオナへ手を差し伸べた。フィオナはポーッとする頭で、その手を掴む。シャルルは嬉しそうに微笑んでいる。 「すぐ戻ってくるね」  シャルルは残りの三人にそう声を掛けてから、フィオナをエスコートするようにその場から立ち去った。  シャルルの向かった先は皇族専用のベランダだった。広々としているし、ベンチも備わっている。何より、他の貴族が入ってくることもないから邪魔はされない。  扉を開きベランダへ出ると、素晴らしい庭園の景色とその上に煌々と輝く大きな月にフィオナは歓声の声を上げていた。 「扉とカーテンは閉めてね」  扉の内側で待機する使用人にシャルルはそう命じてからベランダに出る。使用人は言われた通りに、頭を下げると扉を閉めて、そしてカーテンを閉めた。  これで今ここは自分とフィオナ二人だけの世界だ。 「…こんな綺麗な景色があるんですねぇ…」  シャルルの手から離れベランダの塀に身を乗り出しながら景色を眺めていたフィオナが感動した様子で言った。 「気に入った?」 「それはもう!」  フィオナの笑顔を見て、君が望むなら毎日でも見に来てもいいよ、とそんな事を心の中で思うシャルル。  ふと、室内の方からダンス曲が流れ始めた。パーティー序盤のような軽快な音楽ではなく、ゆっくりとした音調。 (…パーティーもそろそろ終わる)  シャルルはフィオナの隣に立つと、笑顔を浮かべて彼女を見た。 「…フィオナ、16歳の誕生日おめでとう」 「……ありがとうございます、シャルル殿下」  フィオナは少し目を丸くしてから、嬉しそうに微笑んだ。 「…二人の時は、またシャシャって呼んで欲しいな」  シャルルがそう言うと、フィオナはクスクスと笑う。 「お祝いしてくれてありがとう、シャシャ」  月の光を浴びて嬉しそうに微笑むフィオナの姿に、シャルルは眩しくて目を細めた。
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