肆 任命式

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「…君に何をプレゼント出来るのか、さっきからずっと考えていたんだけど…」  シャルルが申し訳なさそうな表情を浮かべるので、フィオナは目を大きくして言った。 「美味しいケーキを食べて、こんなに綺麗な景色を眺めて、そしてシャシャに『おめでとう』と祝って貰えたことが私にとってプレゼントです…」  フィオナはとても嬉しそうに、幸せそうにそう言うが、それではシャルルの気が収まらないのだ。 (僕が今フィオナにあげられるもの…)  会場の中から流れていた音楽が一曲終わり、次の曲が流れ始めた。 「…フィオナ、手をかして」 「? はい…」  シャルルが手のひらを広げ前に出してそう言うと、フィオナは不思議そうな顔をしてその手の上に自身の手を置く。  シャルルはフィオナの手を掴み握り直すと、一歩前に進み彼女のすぐ目の前に立った。驚くフィオナに笑いかけながら、彼女の腰にもう片方の手を添えた。 「シャ、シャルル殿下…!?」  フィオナが慌てたような声を出す。 「空いてる方の手を僕の肩に乗せて。ゆっくりステップを踏むから、僕の足の動きに合わせてみてよ」  しかしシャルルは構わずにそう言って、フィオナの返事も聞かないうちにダンスのステップを踏み始めた。  フィオナは慌てながらも言われた通りに彼の華奢な肩に手を乗せて彼の足を踏まないように足元を見ながら、シャルルの足のステップの動きに合わせていく。 「フィオナ、上手だよ」  シャルルがそう褒めると慣れてきて余裕が出来たのかフィオナは顔を上げて困ったような顔をした。 「ねぇ、曲調が戻ったら今度は音楽に合わせて今のステップを踏んでみよう」 「…私、ダンスなんて出来ませんし、これまでに誰とも踊ったことがありません」  シャルルの提案にフィオナは不安そうな表情を浮かべた。シャルルはクスッと笑って「僕も、」と言う。 「僕もパーティーで誰かと踊るのは初めてだ」  シャルルはこれまでに皇子としていくつものパーティーに参加してきたが、まだ一度も誰かとダンスをした事が無かった。  これまで受けてきた誘いをのらりくらりと交わし、あくまでも中立の姿勢を貫いてきたのだ。もし彼が誰か特定の令嬢と踊ってしまったら、シャルルを取り巻く政治的バランスが崩れてしまうから。 (本当は、婚約者もダンスパートナーも全て、僕が成人してから決めようと思っていたのに…)  それまでに周りの者を見極めて、一番自分の利になる者を選ぼうと考えていたのに。  曲調が変わる。シャルルがグッとフィオナの体を抱き締めるように引き寄せると、フィオナは頬を赤らめながらも教えて貰ったステップを踏み始めた。  月光が輝く下で、静かな庭園に囲まれたベランダで二人は小さく聞こえる音楽を頼りにダンスを踊った。  それはとてもじゃないが優雅とは言えないが、それでも二人は心の底から今の時間を楽しんでいた。 「…成人した日に皇子とはじめてのダンスを踊るなんて、ロマンス小説に負けないくらいのロマンティックさじゃない?」  僕にしかあげられないプレゼントでしょ。と、シャルルが笑いながら冗談ぽく言うと、フィオナは恥ずかしそうにはにかんだ。 「…はい、夢のような…素敵なプレゼントです…」  自分よりも年下で、自分よりも少し背の低いとても綺麗な男の子。 (私…どうして…)  体が熱くなる。シャルルを見つめていると胸の奥がとても騒がしくなるのだ…。 (こんなに落ち着かない気持ちになるんだろう…)  この心臓の音がシャルルに聞こえてしまうんじゃないかと、フィオナは心配で仕方なかった。  —肆 任命式・終—
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