伍 皇族と騎士

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 *  早朝。勤務開始時間よりも早めの行動を心がけているフィオナがシャルルの住むサファイア宮へ向かっていると、一人ベンチに座り庭園の花を見つめている男性を見かけた。  服装はとてもラフな出立ちで、フィオナはこんな朝早くに何をしているんだろう? と、不思議に思った。  それに、自分が進むこの道の先にはサファイア宮しかない。何となく、フィオナの警戒心が強まる。 「……っ…」  男性は急に俯き、肩を震わせはじめた。フィオナは驚いて、体調が悪いのかと思いその人に話しかけることにした。 「大丈夫ですか?」  震えていた男はピクリと固まり、そして顔を上げてフィオナを見上げる。  彼の瞳は潤んでいて、フィオナは彼はここで静かに泣いていたのだと悟った。 「す、すみません。私っ…」  そっとしておこうと気まずい気持ちになりながら立ち去ろうとするフィオナだったが、男に呼び止められた。 「…変な姿を見せてしまったな」 「い、いえ…」  男は力無く笑いながら目の端の涙を拭うと、改めてフィオナを見上げた。 「良ければ少し、話さないか?」 「え!?」  フィオナは驚いて思わず声をあげてしまう。まさか、話し相手に誘われるとは思ってもみなかったのだ。  まだ少しなら時間もあるし…と、先程見た彼の涙を思い出して何となく放っておけなかったフィオナは頷く。 「あ、はい…では、少しだけ…」  男が少し横にズレてベンチに座り直したので、フィオナは戸惑いつつも彼の横に腰を下ろす。  すると、目の前に広がる花が視界に入り、彼はこの花を眺めていたのだとフィオナは知った。 「この花…私のお母さんが好きな花なんです。花言葉が好きみたいで…えぇと…」 「『家族の愛』」 「そうです、その言葉! お詳しいですね」  フィオナがニコッと笑って隣の男を見上げると、彼は優しく微笑んでいた。 (…何だか、微笑んだ顔が少しだけシャルル殿下に…)  フィオナの中でその男とシャルルの微笑みが重なって見えた時、男が「私も好きな花なんだ」と答えたので意識を彼に戻す。そして暫く沈黙が流れた。 「…私、フィオナ・アンダーソンと言います!」  何となく沈黙が気まずくて突然名乗ったフィオナ。すると男はニコリと笑い、名乗り返してきた。 「私はジオルド・ジェイ・エルディカルドだ」 「……え!」  フィオナは青い顔で立ち上がった。 (皇帝陛下!? シャルル殿下のお父様なら、似てて当たり前だわ!)  フィオナは慌てて敬礼のポーズを取る。するとジオルドは可笑しそうに笑ってから「いいから、座りなさい」と優しく声を掛けた。 「君の父は私の元部下でな…」  ジオルドは懐かしむようにフィオナを見つめている。けれど、きっと彼の目に映っているのはフィオナではない。 「君のその髪色を見ていると、あの男を思い出すよ」  そう言って微笑みながら、ジェイラスと同じ色の髪を眺めるジオルドはとても穏やかな表情で…フィオナは、皇帝と父はただの主従関係では無かったのかもしれないと思った。 (それよりももっと深いもの…皇帝陛下に対して畏れ多いけれど、友、のような…)
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