壱 弱者の挑戦

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 ジュリアンナの手は傷ひとつもない綺麗な手で、親の愛を一身に受け、自分には割り当てられる事のない男爵家の財産で綺麗に着飾っている。  それに対し、フィオナは見窄らしい格好をしていた。何年も前から着ているワンピースは、丈も袖も合っておらず色褪せていた。  自身で毛先を整えるしかない伸び放題の傷んだ髪、くすんで荒れた肌。それでも父親譲りのストロベリーブロンドはフィオナの誇りであり、母親譲りの緑色の瞳と顔立ちは遠い記憶にある亡き母との繋がりを愛おしく思えるものだった。  食事を終えたフィオナは前を向く。  例え今がどんなに苦しく思う毎日でも、それは必ず終わるものだとフィオナは信じている。  あと二ヶ月も経てばフィオナは16歳になるのだ。つまり、帝国法で定められた成人年齢に達しカサンドラの保護下から抜け出すことが出来る。 「16歳になって、デビュタントを終わらせれば…私はお父さんの、アンダーソン男爵位を継ぐことが出来るんだ」  爵位を継ぐにはデビュタントが必須だ。そこはカサンドラを説得しなければならないけれど…成人した自分の言葉なら、きっとカサンドラも耳を傾けてくれるだろう。フィオナは、カサンドラの今の冷たい態度の理由は自分がまだ子どもで相手にされていないからだと思っていた。  男爵位を受け継いだら、フィオナはもう一度カサンドラとジュリアンナとの家族の道を模索しようと考えている。血の繋がりはないとは言え、彼女たちはやはりフィオナの大切な家族で、そして四人で過ごした初めの一年間に感じた幸せをまた取り戻したいという未練があったのだ。 「…! あっ、もうこんな時間!」  物思いに耽っていたフィオナだったが、ハッと我に返ると慌てたように自分の使った食器を片付けて洗った。  週に二度、カサンドラに許され与えられたフィオナの自由時間があった。たった三時間ではあるのだが、その時間内であれば外出も許可されている。  フィオナは急いで屋敷の中で一番狭い質素な造りの自室に戻り、ワンピースから平民の少年が着用するようなシャツとパンツに着替え長ったらしい髪を低い位置で雑に一纏めにして結んだ。部屋の隅の壁に立て掛けるように置いておいた木製の模擬剣を手にし、そのままカサンドラの自室に向かう。  扉の前でフィオナはノックして、カサンドラの返事が聞こえてから部屋の中に入った。 「お母様、今から少し出ますね」  フィオナが部屋に入ると、そこにはカサンドラとジュリアンナの姿があった。二人は仲良さそうにティータイムを共にしている最中だった。
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