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このままでは今日一日をこの洋裁衣服店で過ごして終わりそうな勢いのシャルルを何とか説得して外へ連れ出すことに成功したフィオナ。
「あー、楽しかった。フィオナの服を選ぶのがこんなに楽しいなんて思わなかったよ」
満足そうな笑顔でシャルルはそう言って、当たり前のようにフィオナと手を繋いできた。
「次は平民の服じゃなくて、君のドレスを選びたいな」
と、ギュッと手を握り締めて笑いかけてくるシャルル。
「わ…私がドレスを着る機会なんて…あるでしょうか…」
シャルルのちょっとした行動や仕草にすぐドキドキと高鳴ってしまう自分の心臓が恨めしく思う。フィオナはパッと彼から目を逸らして辿々しく答えた。
フィオナは結局、シャルルが一番初めに選んでくれた赤いチェックのワンピースを着ていた。少し不格好だが、ワンピースの上から帯刀はしている。
シャルルはシンプルに白いシャツに焦茶色の長ズボン、そしてサスペンダーをしている姿だ。うん、どこからどう見てもその辺りを駆け回る平民の少年の格好なのだが、シャルルの顔面偏差値の高さのせいでそうは見えない。貴族の少年が平民に扮装しているのだと丸わかりだ。
「これからフィオナがドレスを着る機会はたくさんあると思うよ。必ずね」
「そうですか…?」
含みのある言い方をするシャルルに首を傾げながらフィオナは相槌を打った。
「それにしても…せっかく平民の服を着ているというのに、僕たち注目を浴びてない?」
おかしいな…。と、呟くシャルルにフィオナは、そうでしょうとも。と、思った。
(シャルル殿下はどんな格好をしていても、シャルル殿下なのね…)
フィオナはそう結論付けて、シャルルの提案に乗ってローブを脱いだ事を後悔していた。
「この髪の毛のせいかなぁ…?」
的外れな事を呟きながら、自身の金髪を指で摘んでは顔を顰めるシャルルを見てフィオナはある事を思い付く。
「その…髪だけが原因ではないと思いますが…」
シャルルが周りの者に注目を浴びるのは、その美貌のせいだと言いたいフィオナだったがぐっと言葉を飲み込んで、代わりに提案する。
「でも、髪の色をどうにかしてくれるかもしれない人には心当たりがあります」
キラキラと輝くシャルルの金髪をどうにか出来れば、幾分かは周りの注目も薄れるだろうと思うフィオナだった。
「——で、俺のとこに来たと…?」
フィオナがシャルルを連れてやって来たのは、レイ・ゼウンが経営する魔道具店だった。
「レイさん、力を貸してください!」
ヒクヒクと片方の口角を上げて苦笑いを浮かべるレイに、フィオナは上目遣いで甘えるように頼み込んでいた。
「その顔をやめろ! 俺はお前の顔に弱いんだ!」
レイが幼い頃一緒に暮らしていたという妹分の女性にどうやらフィオナが似ているようで、彼はフィオナの頼み事を断れないという弱点を抱えていた。
フィオナに対して彼は伯父のような心境らしい。
「フィオナが護衛する高貴なお方って…あのお方だろ!? 畏れ多すぎて口には出せないが、あのお方しかいないよな!?」
レイはチラチラと、楽しそうに店内を見て回っているシャルルに視線をやった。
フィオナは強張る顔でコクリと頷くと、レイは声にならない叫び声を上げて頭を抱えた。
「…フィオナ。俺の店に厄介事を持ち込むのは、これっきりにしてくれ…」
まるで懇願するように少し涙目のレイを見て、フィオナは心の底から申し訳なく思ったのだった。
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