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「レイさん、髪の色を変える魔法薬は売ってませんか?」
気を取り直して、本来の目的のためにレイに尋ねるフィオナ。
「…あるぞ」
レイは抱えていた頭をあげて、ぶっきらぼうに答えた。
「髪を染めたところで、あまり状況は変わらないと思うが…」
「まぁ…そうなんですけど…でも、多少は良くなるかと思って…」
レイの指摘にフィオナは苦笑いを浮かべて言うと、「確かに、多少はな」とレイは頷いた。
「とにかく、染髪薬はこれだ。赤、青、緑…虹色なんてものもあるぞ」
レイはニカッと笑って、フィオナの前にいくつかの小瓶に入った魔法薬をズラリと並べてみせる。
「地味な色を! 地味な色の染髪薬をください!」
フィオナは慌ててレイに所望するのであった。
「——本当に茶髪になってるね」
レイの店を出たシャルルは不思議そうな顔で自身の茶色に染まった髪を指で摘んでいた。
「なんだか、選抜試験の日を思い出すね」
フィオナは、確かにあの日のシャルルも茶髪だったな。と、懐かしみながら思う。
(『高貴な美少年』が、なんとか『ただの美少年』になったね…『ただの』ってのも、変だけど)
フィオナは内心安堵しながらも、しかし、護衛として気を引き締め直した。
「フィオナ、お昼食べない? どこかのレストランに入ろうよ」
シャルルの提案に、フィオナも現在が昼過ぎの時間帯なのだと気付く。
(シャルル殿下のお口に合うレストランなんて、私知らないよ…)
フィオナのお給料ではとても入れないような高級レストランを想像して青褪めていると、シャルルが「フィオナが最近、一番美味しいと思ったお店に連れてって?」と甘えたような仕草で言った。
フィオナは不可抗力に頬を染めながらも「それなら…」と、あるお店を思い浮かべる。
「オイル漬けのニシンを使った料理がとても美味しいレストランがあるんです」
(この前グレンさん達に連れて行って貰ったお店だけど…すごく美味しかったし)
平民が営むお店だが、店内は清潔感もあり小洒落た内装だ。
(きっと、シャルル殿下も不快には思われないお店だろう)
シャルルが嬉しそうに頷いたので、フィオナはそのレストランに向かうことにした。
フィオナとシャルルはカジュアルなレストランでニシン料理に舌鼓を打ち、料理を堪能しながらも選抜試験の時の思い出話や最近騎士団の中であった出来事の話などに花を咲かせた。
レストランを出てからは街中をのんびり散策し、店のショーウィンドウにある商品にフィオナの目が止まるとシャルルはその店に入って買い占めようとするので、フィオナは一生懸命に彼を引き留めた。
楽しい時間は過ぎていく。そう、フィオナは楽しんでいたのだ。
(どうしよう。私、お仕事中なのに…シャルル殿下はただ、市井の暮らしの勉強のために私を連れて歩いてるだけなのに…)
自分は何を考えているんだ…まるで…。
(まるで、シャルル殿下とデートしてるみたいだ、なんてことを…思うなんて…)
シャルルと一緒にいると楽しい。いつもよりワクワクしている自分がいる。でもフィオナは、ただの護衛騎士なのだ。シャルルは自分が手を伸ばしていい人ではないのだから。
(馬鹿だな、私…)
フィオナが自己嫌悪に思わず顔を伏せた瞬間、突然物陰から飛び出してきた一人の男がフィオナの隣を駆け抜けて行った。
(…え?)
フィオナが顔を上げて横を見た時、そこにはいる筈のシャルルの姿がない。
慌てて後ろを振り返ると、人混みに紛れてシャルルを攫うように抱えた男が路地裏に入っていく姿が見えたのだった。
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