伍 皇族と騎士と恋心

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 屋根の上を走るフィオナの視界に、奥の方へ逃げていこうとする男の姿が映った。  その男はやはり、シャルルを誘拐した張本人の男で、フィオナが追いかけてきている事に気付くと、こちらを撒こうと火の魔法を放って抵抗してきた。 「殿下!」  流れ弾のように飛んでくる火の玉を避けながら、フィオナはシャルルを呼んだ。 「フィオ…んんっ!」  シャルルも応えようと声を出すと、男が手でシャルルの口を塞ぐ。 「その手を離しなさい!」  怒りでカッとなったフィオナは、更にスピードを上げて男を追いかけた。10メートル、7メートル、4メートル…。  あと2メートル程の距離に差し迫った時、男は逃げることを諦めたのか足を止めて振り返ると、シャルルの喉元にナイフを突き付けた。 「…もう逃げ場はない。諦めて下さい」  フィオナはついに男とシャルルに追い付いて足を止めた。屋根の上から男を見下ろして、スラリと剣を抜く。 「もうじきここは騎士隊に包囲されます。貴方も無駄な抵抗はせずに、投降してください」  と、男の心を挫こうと強気な態度でフィオナは言うが、内心ではナイフとシャルルの距離の近さに焦っていた。 「うるせぇ! こうなったら…ちと勿体無いがこの坊ちゃんを傷物にしてその隙に逃げるしかねぇ!」  男も焦っているのか、そんな事を口走っては手に持つナイフをシャルル目掛けて大きく振りかぶる。  フィオナは刻印の収納魔法から短剣を取り出すと、まばたきもしない内に投擲し、男の持つナイフを見事弾き飛ばしたのだった。 「っ!?」  無防備になった男が痛みに顔を歪めてよろけた隙にフィオナは男の頭上目掛けて屋根から飛び降りる。  剣を構えて、男を取り押さえようと…。 「フィオナ! スカートが!」  男と一緒になってフィオナを見上げていたシャルルが驚愕の表情で叫んだ。 (…あ、私、今…)  フィオナはハッとする。 (ワンピース…)  スカートの中身は、もちろん下着しか穿いていないフィオナは顔を真っ赤にさせて、慌てて手でスカートを押さえようとするが、もう遅い。  誘拐犯の男に見られるだけなら恥ずかしいけれどまだ良しとする。しかし、そこにはシャルルもいるのだ。 (殿下に絶対、パンツ見られた…!)  羞恥心から泣きそうになるフィオナだったが、護衛騎士としてのプライドで何とか気持ちを立て直し、スカートを押さえていた手を離して剣を構え直した。この際、シャルルを救えるなら、パンツなんていくらでも見せてやる! と、いう気概で。 「…見た?」  ボソリと誘拐犯の男にだけ聞こえる声で呟いたシャルル。 「え…?」 「お前、今フィオナのスカートの中見たよね?」  男は問い掛けられて思わずシャルルに目を向ける。すると、シャルルの怒りに満ちた青い瞳と目が合った。  その瞬間、男は自分の身に何が起きたのか分からなかった。突然、顎に強い衝撃あったかと思えば脳がぐらりと揺れて、訳もわからないまま体が吹き飛ぶように後ろへと倒れていった。  風魔法を応用したシャルルに、突風と共に怒りの正拳で下からアゴ打ちをされたわけなのだが…。屋根や建物の一部が剥がれるほどの強風にフィオナの体も巻き添えをくらい空に打ち上げられる。  突然のことに体勢を崩してしまったフィオナは、少しでも軽傷で済むように落下に備えて受け身を取った。その下ではシャルルがフィオナの十八番(おはこ)を真似して雷魔法を使って素早く動き、落下するフィオナを受け止めたのだった。 「よ、良かった…! 間に合った!」 「シャ、シャルル殿下…」  少し驚いた表情をしつつも笑みを浮かべるシャルルの腕の中で、フィオナはポカンと呆けた顔をしていた。 「思わず、手加減なしで魔法を使っちゃった…」  どうやら反省している様子のシャルル。フィオナは、シャルルの底知れぬ実力さに驚愕するばかりである。 「でも…こうして君を抱けたのだし」  シャルルはフィオナを見下ろしながら嬉しそうに笑っている。 「こういうハプニングも悪くないね」 「…あっ!」  フィオナは、自分が今シャルルに横抱きにされている事に気がついた。
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