伍 皇族と騎士と恋心

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 フィオナの言葉の意味を理解したシャルルの笑顔が固まり…そして、険しい表情へと変化する。 「…急に何を言ってるの?」 「今回のこの事件は、私が未熟だったせいで起きました」  フィオナはそう言いながら、きっと護衛がヴァンだったならこんな事件は起きなかったのだろうと考えていた。 「でも、こうしてフィオナが僕を助けに来てくれたじゃない」 「運が良かったんです」  こればかりは、相手がシャルルであってもフィオナも譲れない。 「このままでは、私…中途半端なままです」  フィオナは自分の目の奥が熱くなるのを感じた。 「きっと、必ず、私はもっと実力をつけて、貴方の護衛騎士として恥じない功績を残して貴方の元に帰ってきますから…」  フィオナがそこまで言うと、シャルルが彼には珍しい不機嫌な表情で「フィオナ」と咎めるように彼女の名前を呼ぶ。 「功績なんて、ここでも残せる」  シャルルの言葉に、フィオナは悲しそうに笑う。 「君は僕の護衛騎士なんだから…僕から離れるなんて許さないよ」  シャルルは、フィオナが何故こんな事を言い出すのか全く理解出来なかった。 「フィオナは、ずっと僕の側にいろ。命令だ!」  シャルルが勢い任せにそう言うと、フィオナは真剣な顔で真っ直ぐにシャルルを見つめた。その目には強い光が宿っている。  シャルルはその目を見て、選抜試験の日の夜の事を思い出したのだった。 (…そうだ。僕は、この強い意志を持って前を向く君に恋をしたんだ…)  それに気付いてしまったら、シャルルにはもう…何も言えないじゃないか。 「…シャシャ」  フィオナが躊躇いながらもシャルルの両手を握り締める。 「私ね、恥ずかしくない私で貴方の側に立ちたい…貴方のために強くなりたいの」  ずるい。と、シャルルは思った。 (こんな時だけ、僕を真っ直ぐに見つめて『シャシャ』と呼ぶなんて…) 「…君が、君の矜持に従って決めた事なのだと理解できる…でも、僕がまだ子供だから…なのかな? どうしても、君の考えに納得出来ない自分がいるんだ…」  別に、フィオナに護衛騎士を辞めたいと言われたわけではない。むしろ、スキルアップして戻ってくると言われたのだ。主人としては背中を押して送り出すことが普通なのだろうけれど…。 (なんで、こんなに寂しい気持ちになるんだ…)  自問してみるシャルルだが、答えはとっくに分かっている。 (どんな理由であれ、僕はフィオナと離れたくないんだな…)  でも、シャルルにはフィオナを止めることは出来ないだろう。惚れた弱み、というやつだ。 (…あぁ、もう。分かったよ。どうせ僕は、そんな君が好きだ。穏やかなくせに頑固な性格で、人並みに劣等感を抱くからこそ努力家な…ごく普通な少女の、素敵な君が好きなんだ)  どうせ止められないなら、せめて格好付けて物分かりの良い大人ぶってやる。 「分かったよ、フィオナ・アンダーソン。君のために、何より僕のために…君に魔獣討伐前線へ向かうことを命ずる」  嫌だけど、本当はフィオナと離れたくはないけれど。本心を飲み込んで、シャルルは続けた。 「そして早く、僕の元へ戻ってくるんだ」  フィオナに握られた両手を、シャルルは更に強い力で握り返す。 「だから最速で功績を上げてきて!」  ヤケになりながらシャルルがそう言うと、フィオナはクスッと笑った。 「はい、仰せのままに。我が主君」  微笑むフィオナを見て、シャルルは何か…自分とフィオナを繋ぐ何かが欲しいと思った。 「…約束してよ、フィオナ」  シャルルの綺麗な青い瞳からぽつりと一粒の涙がこぼれ落ちる。 「僕の元へ戻ったら…今度こそずっと僕の隣にいてね。僕はもう、君を絶対に手放さないだろうから」  『約束』という名の『束縛』。  シャルルはフィオナを自分に縛り付けるための約束を彼女に課した。その約束に、自分の恋心と執着と未練を込めて。 「待ってるね、フィオナ」 「うん。待ってて、シャシャ。私、頑張るから」  そうした所で、騎士隊を引き連れてこちらへやって来るヴァンの姿が遠くの方で見えたのだった。  —伍 皇族と騎士と恋心・終—  【第一章 忠誠編】終
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