陸 『会いたかった』

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陸 『会いたかった』

 一人の少女が荒い息遣いのまま、剣を下ろした。 「フィオナ! 大丈夫か!?」  すると、ジャスパーが慌てた様子で彼女の元へ駆けていきながら声を掛ける。 「…ジャスパーさん…私たち、やりました…」  魔獣の血と土埃に塗れたストロベリーブロンドの少女。短かった髪はすっかり伸びて一つにまとめて結ばれている。  疲労困憊な表情をしているくせに、その緑の瞳はより一層綺麗に輝いていた。 「あぁ、やったぞ!」  ジャスパーは涙ぐみながら今にも倒れそうなフィオナの細い肩を抱いた。 「俺たちが勝ったんだ…!」  ジャスパーがそう叫ぶように言うと、周りにいた大勢の騎士達が喜びの雄叫びを上げた。  ここは魔獣討伐前線、『黒い森』の奥地にある邪竜の巣。  魔獣大発生(モンスターウェーブ)の発生源となる魔障の霧が濃い深い森で、フィオナ率いる帝国騎士軍は『黒い森の主』邪竜を見事討ち倒したのだ。  騎士達の中から、グレンとカーシスも飛び出してきては、フィオナとジャスパーに抱き付いた。 「俺たちスゲェよ!」 「フィオナ、お前のおかげだ!」  気付けばフィオナがシャルルの元から離れて、もうすぐ二年が経とうとしていた。  自分に自信を持てず、あんなに頼りなさそうだった16歳の少女は、いつの間にか頼もしくも凛々しい女性へと成長していたのだった。 「違いますよ、皆で、勝ち取った勝利です…!」  泣き笑いしながらフィオナは嬉しそうに言った。興奮が収まらない騎士達はそんな彼女を胴上げしようと彼女の周りに集まり始める。 「わ、ちょ!? ちょっと皆!?」  フィオナの細くて軽い身体なんて、屈強な男たちの手にかかればあっという間に持ち上げられるのだ。 「えっと、皆さん、落ち着きましょう?」  誰もフィオナの言葉なんて聞いちゃいなくて、騎士達は掛け声と共にフィオナの体を空へと打ち上げたのだった。 「た、高ぁ!?」  普通の胴上げとは規格外の高さにフィオナは叫ぶ。 「普通に、こ、怖い、ですからぁ!」  エルディカルド帝国、第二皇子であるシャルル・ド・リュカディオンが成人となる16歳の誕生日を数日後に控えた本日、フィオナ・アンダーソンは邪竜を討ち倒し、帝国では女性初の『邪竜殺しの英雄(ドラゴンスレイヤー)』の偉業を成し遂げたのである。  *  フィオナは魔獣討伐前線に設置された簡易テントの中で手紙を書いていた。するとそんな彼女に後ろから声を掛ける者が一人…。 「フィオナ」 「わ! シャナ?」  突然話しかけられたフィオナは驚いた様子で慌ててたった今書き上げたばかりの手紙を隠す。 「隠さなくていいよぉ、シャルル殿下への手紙でしょ?」  ニヤニヤと揶揄うような笑みを浮かべて、シャナはフィオナに近付いていった。 「て、手紙というか…業務報告書です!」  コホンとわざとらしい咳払いをして、赤くなる顔を隠そうとするフィオナだが、シャナにはお見通しだ。 「まぁ、そういう事にしておきましょうか」  と、ケラケラと笑って「そろそろ出発だってよ、アンダーソン隊長」と本題を伝えた。  約二年前、フィオナが魔獣討伐前線への異動を願い出たと聞いて、ジャスパーとカーシス、そしてグレンも前線への異動を望み、この地にやって来た。フィオナは彼らが共に戦ってくれる事に、心からの感謝と喜びを感じていた。  意外だったのは、宿舎寮で隣の部屋だった女騎士シャナまでもが付いてきたことだった。  幾度となく朝帰りを繰り返し素行が良くない印象のあったシャナだったが、彼女の実力はかなりのもので、槍術で彼女に敵う者は中々いないだろう。  帝都と違い、ここでは真面目に仕事に取り組むシャナの姿に、フィオナもこの二年間で彼女へ信頼を寄せるほどの仲となっていた。歳が近いのもある。
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