陸 『会いたかった』

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「…しっかし、毎日のようにシャルル殿下と手紙のやり取りをしてるけど…そんなに報告する事があるものかね?」  シャナの的確な指摘にフィオナは冷や汗を垂らす。  円滑な情報共有のため、ここ魔獣討伐前線と帝都間では業務用の簡易転送ポータルを用いて連絡を取り合っている。  簡易転送ポータルとは、四方50センチメートル内の小物であればどんな物でも指定座標に転送魔法で即座に転送してくれる画期的な魔道具だ。  そのポータルを使い書類物を送り合うのだが…まさかシャルルに送っている『報告書』の内容がまるで普通の文通のような内容だとは、職権濫用も甚だしく、フィオナは口が裂けても言えないと思った。  何となく、隠しているがシャナにはお見通しのような気もするけれど。 「分かったわ。私も準備してすぐに向かうから、シャナ達も出発準備を進めておいて」 「了解」  フィオナ達はこの度、帝都へと帰還する。  現在、魔獣討伐前線はその準備に慌ただしくしていた。 (帝都から新たにやって来た討伐隊の騎士隊長には申し送りも終わったし、私がしなければならない仕事は後…)  フィオナは手元の手紙をチラリとみる。 (この手紙を受け取ったシャルル殿下は、何て思うかな?)  ドラゴンスレイヤーの称号を戴いたフィオナのことを、シャルルはよくやったと褒めてくれるだろうか。  フィオナは頭の中でシャルルの姿を思い出しながら、そっと目を閉じて手紙にキスをした。  フィオナは二年前のシャルルの姿しか知らない。 (きっとシャルル殿下はご成長されて、もっと素敵になっているんだろうな…)  そんな事を考えると、必ず…。 (……会いたいな…)  そう思うばかりだ。  結局フィオナはシャルルへの恋心を断ち切れないままでいた。でも彼女は二年前と違って、もう子供じゃないのだ。  自身の恋心と向き合い、そして否定せずに受け入れられるほどには成長した。認めてはじめて、この気持ちを大切に胸の中へ仕舞う術を知ったのだった。  シャルルからの手紙は、いつもフィオナの身の安全を案じる内容から始まり、自身の日常での出来事やアダルやヴァン、ヒメロの様子…最後は、必ず『君の帰りを心待ちにしている』という言葉で締め括られる。 (強くなった私を、早く見て欲しいな)  フィオナは目を開ける。自身のために、そしてシャルルのために強くなろうと努力した二年間だった。  始めこそ、討伐隊の隊長としてこの任に就いたフィオナに対して周りの騎士達は好意的ではなかった。  でも、彼女は努力して、時には無様な姿を晒しながらも生き残り、強さを求めて前を向いて進んだ。結果的にそんなフィオナの姿に騎士達は付いてきてくれた。  皆の力があってこその、邪竜を倒せた結果に繋がるのだ。 (私は本当に、運が良いなぁ…)  いつの日か、騎士選抜試験の日の夜にシャルルと話した時、彼に『自分が可哀想だと思う?』と尋ねられた事を思い出した。 (一番の幸運は、きっと試験の日にシャシャと出会えた事。貴方に会えなかったら…私はきっと、あの頃のフィオナ・アンダーソンのままだった…)  いつまでも、アンダーソン邸でパンを焼いて掃除をしていたフィオナのままだった。 「…本当に…早く貴方に会いたいなぁ…」  フィオナは呟くように言ってから、手に持つ手紙をそっと簡易転送ポータルの中へと入れる。 (シャシャ、今から貴方の元へ帰るよ)
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