陸 『会いたかった』

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 *  月が綺麗な夜。今宵、エルディカルド帝国皇宮では大宴会場を開放して盛大なパーティーが行われていた。  何故なら本日は、帝国の天使シャルル・ド・リュカディオン第二皇子の誕生祭だからだ。  皇帝と皇太子の寵愛を受けるシャルルの成人の歳の誕生祭は例年よりも豪華で、半年間の貴族税の減額に加えて、平民にはワインと食糧を配り、国を挙げてシャルルを祝った。  16歳になったシャルルの美貌は更に増していた。彼を見ては、大人も子供も男女問わずに皆が頬を染めて熱いため息をつくほどであった。 「我が主君、本日のような喜ばしい日にそのお顔は…少し、相応しくないと提言致します」  シャルルが着席する王族席のすぐ斜め後ろに控えて立つヒメロがニコリと笑いながら小声で言った。 「…だって…」  シャルルは不機嫌そうな顔で目を伏せながら、手に持つグラスを軽く回しては中身のワインを揺らしていた。 「殿下、仕方ありませんよ。あいつから帰還の連絡が入ったのは4日前…さすがに魔獣討伐前線から帝都までどんなに急いでも5日はかかる筈です」  ヒメロとは反対側の隣に立つヴァンが宥めるようにシャルルに言った。すると、シャルルは余計に不貞腐れたような表情を浮かべる。  そんなシャルルの様子を見て、ヒメロとヴァンはやれやれ、と肩を竦めては互いを見遣った。  高貴な皇子然としたシャルルは普段はこのような子供っぽい振る舞いなどしないのだが、自分の専属護衛である彼らの前でだけはシャルルも年相応さを見せていた。それだけ、彼らを信頼しており、自分の懐に入れているということ。 「分かってるよ…」  つまらなさそうにそう呟いて、グラスの中身のワインを一気に煽る。シャルルは自分の誕生日パーティーだというのに全く楽しんでいなかった。 (父上もロイド兄さんも、パーティーの日を後ろにずらして欲しいと頼んだのに結局聞き入れてくれなかった…)  シャルルはどうしてもそこが不満だった。これだけの規模のパーティーを、開催する数日前に遅らせて欲しいと頼んだところで無理な事くらいはシャルルも分かっていたけれど…でも、やはり、自分の思い通りにならない事があるとどうしようもなく腹立たしい。 「彼女のことです。きっと今、全速力で馬を走らせてこちらへ帰還している事でしょう。もしかすれば、明日には到着するかもしれませんよ」  シャルルが不機嫌な理由を察するヒメロが慰めるように笑いかける。  そう、シャルルはフィオナを待っていた。どうしても彼女と自分の大事な成人の誕生日パーティーを過ごしたかったのだ。 (…明日じゃ遅いよ…)  本日のパーティーの主役であるシャルルは、今日、必ず誰かとダンスを踊らなければならない。これまでは未成年なことを言い訳にやり過ごすことが出来たけれど…。  先ほどから痛いくらいに、マリエンとレンレからの視線が突き刺さってくる。そろそろ、気付かない振りは限界…苦しくなる頃だ。  シャルルは自分のはじめてのダンスパートナーは絶対にフィオナだと決めていた。だからこうして、悪足掻きにも頑なに席を立たないでいる。 (あぁ、アダルが居れば不可視の魔法を僕にかけて貰うのに…)  そんな事を思ってから、ふとアダルの姿が先ほどから見えない事に気付いたシャルル。数時間前まではいた筈だ。 「そういえば、アダルはどこにいるの?」  シャルルが護衛の二人を振り返った時、「シャルル殿下」と、ついに痺れを切らしたマリエンとレンレが彼の元にやって来てしまった。  シャルルは彼女たちに向き直りニコリと微笑んでは、この場をどうやり過ごそうかと考えていたら…。  宴会場の大扉が開く。大遅刻で到着したらしい来客の存在に周りの貴族たちは注目した。マリエンとレンレも振り返って、今まさに、リュカディオンの紋章が入った旗を掲げながら入場してきた者達に目をやる。  ヒメロとヴァンは何も言わないが驚いたように目を丸くしていた。シャルルは…目の前の光景が信じられずに瞬きするのも忘れて、皇族席からゆっくりと立ち上がる。  シャルルの目の前には、白銀と青の騎士服に身を包み胸に金色のブローチを付け、彼の瞳と同じ青色のマントをはためかせた一人の女騎士が立っていたのだった。 「ただいま貴方の元へと戻りました。シャルル殿下」
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