陸 『会いたかった』

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 シャルルの肩にそっと手を乗せてみると、彼の身体の変化が良くわかった。厚くなった胸板に筋肉の付いた腕、喉仏だって…二年前には無かったのに。声もフィオナが知る頃より低くなっていた。  身長も、フィオナより頭ひとつ分背が高くなっている。  素敵な貴公子に成長したシャルル。しかし、フィオナにとっては何だかシャルルが自分の知らない人に見えて…。 「成長して大人になったけど…僕は僕のままだよ」  自分より高いところから降り注ぐシャルルの視線にまだ慣れていないフィオナが緊張した様子でいると、シャルルは昔と変わらない笑顔を向けてきた。 (…そう、だね。姿形が変わっても、シャシャの笑顔や匂い、温かさは昔と変わらない…)  そう思うと、フィオナの中にあった緊張が全て(ほど)けた気がした。  音楽が鳴り始める。  シャルルのステップに合わせて、彼にリードして貰いながらフィオナも音楽に乗った。 「…フィオナ。二年前よりステップが上手くなってるね?」  すぐにフィオナの変化に気付いたシャルルに、フィオナは得意げな顔で笑うと「分かりますか?」と答えた。 「二年前、シャルル殿下とこっそり踊ったあの日から、少しずつですが練習していたんです」  上達したいと思って、とはにかむフィオナに、シャルルは「ふぅん」と相槌を打つと、何故か少し不機嫌そうだ。 「ダンスは一人じゃ上達出来ない…と、いうことは、誰かに練習を付き合って貰ったの?」 「え? そうですね…帝都にいた頃はヒメロさんが相手をしてくれて、討伐前線(あちら)では偶にジャスパーさん達が練習相手に付き合ってくれました」  フィオナがそう答えると、シャルルが突然ステップを変えた。音楽を無視したステップに、フィオナは大慌てとなる。  本来、テンポの速い音楽に合わせるであろう激しめのステップにフィオナがされるがままでいると、シャルルがフィオナの足の間に自身の足を差し込むように一歩踏み込んできた。 (え!?)  驚くフィオナを待ってはくれないシャルルは次に強い力で彼女の腕を引き寄せる。当然、フィオナは勢いよくシャルルの胸の中へと飛び込んでしまうわけだが…。  何が起きているのか訳も分からずに、引き寄せられた勢いのまま今度は外へと投げ出されて、フィオナの上半身が仰け反りまるで仰向けになるように後ろへと倒れていった。そこを、シャルルがフィオナの腰をしっかり掴んでくれたので倒れずに済んだのだった。  ジャン、と音楽の終わりとともにダンスの見せ場のようなポーズとなった二人。 「こういうステップも練習した?」 「……いえ、まだです…」  悪戯な笑顔を浮かべるシャルルに、フィオナは驚きながら小声で答える。シャルルによって身体を起こされたフィオナは、まだ自分の身に何が起こったのか理解出来ていないようだった。 「次からは、ダンスの練習をする時は必ず僕に声をかけてね」  シャルルがダンス終わりの挨拶を向けながらフィオナに言った。フィオナも応えるようにスカートの代わりにマントを摘んで、慌てて頭を下げてはカーテシーをする。 「…また他の人と踊ったら…僕、嫉妬して次は何するか分かんないよ?」 「え?」  シャルルの言葉に驚いて顔を上げるフィオナだったが…シャルルは既にこちらに背を向けていて、彼がどんな表情をしているのか分からなかった。  でも…フィオナの目には、シャルルの耳が赤く染まっている様子が映っている。  後半はめちゃくちゃなダンスだったが、周りの貴族達はシャルル達のダンスへ拍手を送った。 「ほら、行くよフィオナ。会場を出るところまでが、ダンスパートナーの務めなんだからさ」  振り返って手を差し出してくるシャルル。  フィオナは、先ほどの彼の言葉に戸惑いながらも胸を高鳴らせて…そっと彼の手を掴み、そしてシャルルと共にパーティー会場を後にしたのだった。
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