陸 『会いたかった』

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 *  シャルル皇子殿下の誕生日パーティーの翌日から、今、貴族達の中ではとある話題が一番盛り上がっていた。  それは、シャルルがマリエンとレンレ以外の女性をダンスパートナーに選んだという話題だ。  とある者はフィオナがシャルルの恋人疑惑説を唱え、二年も帝都を離れていたのだからそんな馬鹿げた説は正しくないと『邪竜殺しの英雄(ドラゴンスレイヤー)』の称号を得た自身の忠実なる騎士に褒美を与えたのだと唱える者もいた。  これに対してレンレは、偉大なる功績を残した騎士に過分なまでの褒美を惜しみなく与えたシャルルを褒め称えた。  反対にマリエンは、もし自分が妻となるならば、夫の愛人に目くじらを立てるほど狭量ではないと自分の株を上げて、同時にフィオナは牽制するまでもない相手なのだと貶した。  そんな様々な意見が飛び交う中、当の本人であるフィオナは自分がまさか時の人となっているとは微塵も思わずに、唖然とした表情でその場に立ち尽くしていた。  ここはミリシアン侯爵邸の三階。フィオナの自室として与えられた豪華な部屋の、その奥にあるクローゼット部屋の中にフィオナはいた。 「フィオナ様、ご覧ください。今日はお天気がよろしいので、こちらのお召し物などいかがですか?」 「ちょ…ちょっと待って下さい。マーシャさん」  フィオナの仲良しメイドのマーシャは笑顔満開なのだが、それと比例するように彼女の表情はどんどん青褪めていった。 「…このワンピースが、私の預けていたワンピースなのですか?」 「さようで御座います」  フィオナは二年前によく着用していた外出用のシンプルなはずのワンピースに目を向ける。  綺麗にハンガーにかけられたそのワンピースは、どう見ても前の面影はなく、高価そうなレースが足されていたり米粒ほどの大きさの宝石がスカート部分の全体に散りばめられていたりした。  前線から昨日戻ってきたばかりのフィオナは、今日一日お休みだ。なので、マーシャと共に城下町に出て、レイに挨拶するついでに散歩でもしようと外出準備をしていたのだ。しかし…。 「…私の記憶にあるデザインと、少し…いえ、かなり違うようなのですが…?」 「それは、フィオナ様もご成長されているだろうと思い私がお直し致しまして…足りない部分を補う為に布やらを少しばかり足しています」  力作なのですよ。と、戸惑うフィオナに向かってマーシャは得意げな顔をしていた。 (『少しばかり』…? 補うというより、改変?)  明らかに元のワンピースの原価より、補修部分の材料費の方が高いに決まっている。  しかしフィオナが唖然としている理由は、このワンピースだけではなかった。 (このクローゼット部屋にあるものは、全て私がヒメロさんに預かって貰っていた荷物だと聞いていたけれど…)  この部屋には、普段着——フィオナからすれば普段着よりも特別な日に着るような高級服だと思うのだが——の他にも、色とりどりなドレス、靴、バック、帽子、アクセサリー…と、フィオナの記憶にない『預けていた荷物』がクローゼット部屋の中の大半を占めている。  フィオナが預けていたものは、質素なワンピースを数着、履きやすさ重視で購入した茶色の革靴、アンダーソン邸にいた頃から使っていたフィオナお手製のショルダーバッグ。…だった筈だ。 「…物も量も、私の記憶とは…」 「フィオナ様」  冷や汗を垂らすフィオナの言葉を、ピシャリと遮って彼女の名を呼ぶマーシャ。 「ここはミリシアン侯爵邸です。ヒメロ様が、ここにあるもの全てはフィオナ様の物だ。と仰られたら、そうなのです」  これ以上は有無を言わせないぞ。と、いうような圧のある笑顔を浮かべるマーシャに、フィオナは思わず口を噤むんで背をのけ反らせた。 「こちらの明るい色合いのワンピースはいかがですか? フィオナ様のお(ぐし)の色にも合いますし、可愛らしい雰囲気にもピッタリで……あ、こちらのシューズとこの大きな白いハット帽を是非合わせましょう!」  気を取り直してフィオナの外出コーディネートに注力するマーシャはとても楽しそうだ。 「…なるべく、地味な色合いのものでお願いします…」 「そうですわ! せっかくなのでヘアセットとメイクも致しましょうね!」  しかし、フィオナの意見を聞いちゃいないマーシャは、ぱん、と軽く手を叩きながら妙案を閃いた時のような顔でフィオナに笑顔を向けていた。
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