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「フィオナ様、日差しは辛くありませんか? 歩き疲れていませんか?」
ミリシアン邸を出て20分…フィオナの隣を歩くマーシャが何度も気遣いの言葉を掛けてくれた。
(こんなに気を遣って貰えてありがたいな…そうよね、今日はいつもより日差しが強いし、10分以上歩けばどこかのカフェテラスで休むのが帝国に住む貴族令嬢の普通なのかもしれない)
フィオナはそう考えながら、マーシャの過保護とも言える気遣いの理由にウンウンと納得しては頷いている。
(———しかし、)
フィオナは足を止めてマーシャを見た。マーシャも足を止めてフィオナを振り返る。
「マーシャさん、お気遣いありがとうございます。でもですね、私、これでも邪竜を倒した騎士なんだけどなぁ…と、思いまして」
その瞬間、マーシャは目を丸くしてそっと口元を手で押さえた。
(『そうだった』と、マーシャさんの顔に書いてある…)
フィオナは呆れながらも笑い「むしろマーシャさんの足が痛くなったりしてないか心配です」と、言った。
しかし、今、マーシャがついフィオナを貴族令嬢扱いしてしまうのも仕方ないのかもしれない。
今のフィオナはどこからどう見ても可憐な貴族令嬢だ。高級な服に身を包み、さりげなく化粧を施して耳には綺麗なサファイアのイヤリングが揺れている。
そんな『貴族令嬢』が平民区であるこの通りをメイドを伴い歩いているのだから、周りからの視線がフィオナに集まる、集まる。
(…やっぱりもう少し地味な服がないか探せば良かった)
フィオナが選ぶ余地もなくマーシャに本日のコーディネートを決められてしまったが、次からは自分ももう少し抗ってみようと心に決めるフィオナだった。
今日は注目されるので、レイの所へ挨拶したらそのまま乗合馬車を拾ってまっすぐ屋敷に帰ろうとフィオナが考えていると…。
「きゃあ!?」
隣を歩いていたマーシャが悲鳴を上げた。見れば、突然後ろから男にぶつかられて、その男はそのまま走り去っていく所だった。
「マーシャさん!」
フィオナはよろけるマーシャの肩を支えて、すぐに逃げていく男の方へと目を向けた。次に地面に目を向けて、足元に転がっていた小さな小石を二つ拾い上げる。
「フィオナ様…?」
そんなフィオナを見て不思議そうに首を傾げるマーシャだったが、フィオナは構わずにその男目掛けて小石を投擲した。
小石は見事、男に着弾する。彼の右手と右太ももに当たり、あまりの痛さに男は呻き声を上げながら持っていた物を地面に落としては盛大に転倒していた。
フィオナはスタスタとその男に近付いていき…。
「スリは犯罪行為ですよ」
「く、くそっ…!」
また男が逃げ出そうとしたので、フィオナは手早く捕まえて男の腕を掴み、そのまま後ろに回して身動きが取れないようにした。
「スリ……あ、本当です! 私の鞄から財布が無くなっています!」
フィオナに追い付いたマーシャが自身の鞄の中身を確認しながら驚きの声を上げる。見れば、男の手から落ちたものこそ、マーシャが持っていた財布だったのだ。
「この手慣れた感じ…初犯では無さそうなので、じっくりとお話を聞かせて貰いましょうか」
可憐な姿の若い貴族令嬢がスリ常習犯を鮮やかに捕えるものだから、観客と化していた周りの人々からは「おぉ〜」と拍手とともに歓声があがっていた。
ちょうど通りかかった巡回騎士に声を掛けて、フィオナはスリ常習犯を引き渡す。
巡回騎士は頬を染めてフィオナに見惚れていたのだが、自分の職務を思い出したのかハッと我に返って淑女へ向ける貴公子のような挨拶をしては、逮捕の協力について礼を述べていた。
「あの、宜しければ今度お食事にでも行きませんか?」
「え?」
その場で行われた簡単な事情聴取を終えて、フィオナと巡回騎士の別れ際でついに彼からのお誘いを受けたフィオナ。驚いて一瞬固まってしまう。
「貴女のお名前をどうかお聞かせください」
(え…私、今この人に口説かれてるの?)
今まで自分の身に起きた事のない事象すぎて、フィオナは戸惑ってしまう。
「あ、えぇと…私はフィオナ・アンダーソンです…」
フィオナはとりあえず愛想笑いを浮かべて求められたままに名乗ることにした。
その瞬間、巡回騎士の顔付きが変わる。
「あ、あアンダーソン卿!?」
何故か青褪めた巡回騎士は「やはりこの話は無かった事で!」と言い残し、スリ犯を連れて脱兎の如く逃げ去ったのだった。
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