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「あ……」
顔を上げれば、ばしゃばしゃと水音を立てながら、横断歩道の向こうから駆け寄ってくる人がいた。
大きな傘を手にして近づいてきたのは――弟の、結人だ。
「結人……」
弟の姿に、ほっと遥香の唇から安堵の息がこぼれおちる。
それと同時に、強張っていた遥香の身体に、ふわりと血が巡るような、穏やかな感覚が訪れた。
「姉さん、こんなに濡れて……」
心配そうな顔をした結人が、自分の傘を差し出して、遥香をその中へと入れてくれる。
身体を濡らす雨から守られて、ようやく遥香は、安心できた。
「結人。迎えにきてくれたの?」
そう問えば、結人は何故か一瞬、ぎゅっと眉を寄せて――それから彼は、困ったような顔で笑った。
「うん。そう……そうだよ。姉さんを、迎えにきた」
「そう。ありがとう」
遥香が笑みを浮かべると、結人も笑う。
赤に変わっていた信号が、もう一度、パッと青になる。
「さ、姉さん。帰ろう」
そう言って結人に促されれば、さっきまでの感覚が嘘のように、遥香の足はすんなりと前に出た。
そのままふたりは、何事もなく、横断歩道を渡り切る。
(なんだったのかな……? さっきの……)
まるでもう、どこにも行けないような、奇妙な感覚。
それをもう一度確かめたくて、遥香は振り返ろうとしたけれど――。
「行くよ、姉さん」
思いのほか強い口調で結人に促され、遥香は慌てて「う、うんっ」と応えると、歩みを進めた。
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