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「よっしゃ、もう2杯飲んじまったけどカンパイすっか」 金曜20時半、神楽坂のとある居酒屋の個室席にて。 遅刻していた天音が到着し全員揃ったので、高鷹の音頭に合わせ、6人は分厚いビアグラスを鳴らした。再会の喜びで高鷹にぐしゃぐしゃに頭を撫でられ、天音は彼の片腕に抱かれたまま乾杯をした。 天音と同じで彼もとうに金髪はやめているが、センター分けでパーマの残る髪をオールバックにしており、なんとなく一昔前のサラ金の回収業にいそうな物騒なオーラを醸し出していた。だが、彼は今とても堅い仕事に就いている。 「珠希いい店知ってんだな」 シャツの袖を捲り上げた耀介が、昔と変わらぬ日に焼けた顔で笑う。 「知り合いに教えてもらってたまに来るんだ。ここがいちばん落ち着いて話せるから、いいかなと思って」 まだ試用期間とは言っていたが、社風が自由なのか、珠希は髪色も雰囲気もまったく変わらない。スーツを毎日着なくていいところが志望の決め手だと言っていた。 「天音、仕事はどう?」 大吾郎は壁際の角席から、みんなの料理を取り分けたり食器を下げたりしている。隣にはサラではなく珠希が座り、向かいには耀介が座っていた。 「ぼちぼちだね。この時期はちょっと忙しいけど」 「この謙虚な返しが余裕を感じるな」 「そんなんじゃないって」 「おめーがこんなに大成するとはなあ」 「大成なんて全然してない。3年後はわからないよ。倒産してるかも知れないし」 「不吉なこと言うなや!」 「でもさー、サラが天音についていって良かったよ。僕は君の将来を、実はずーっと地味に心配してたんだ」 珠希の言葉に、少しだけ頬を赤くしたサラがおかしそうに笑った。 「そうだったんだ。じゃあ安心できた?」 「安心した。倒産しないように支えてあげて」 「うん」 「香月くんも休みは週1しかないのに働けてるもんね。昔だったら考えられない」 「そうそう。しゃちょーの下だからできるんだよ。夏休みに星崎家でバイトしてた時からね」 「そういえばサラは毎年行ってたもんな。俺も2年のとき行った」 「そうだったねえ。また父さんにも会いに来てよ。よーすけが就職決まったって話したら会いたがってた」 「おう行くよ。また一緒に野球も観たいなあ。……つーか銀次も久々に会いてえな。呼べばよかったのに」 「あの人は忙しいでしょ」 「ああ?銀次って天山銀次か?」 「おう。去年映画観てくれって連絡来た」 「へー。でも会うなら俺がいないときにしてくれ」 「高鷹は天敵だもんねえ〜」 銀次の名が挙がると、ずっとにこやかだった珠希が複雑そうな顔をして「……そ、それより、よーすけは仕事はどうなの?」と話題を変えた。 「俺?土日休みだし、仕事で忙しいとかはないけど、仕事以外ではひたすら勉強してる。下手したら大学の時よりめっちゃ勉強してるから、まだ受験生やってるみたいだ」 彼の所属していた野球部は3年の6月の大会でまたも敗退し、彼は2年のときよりも、それどころか今までの人生で最も大きな挫折を味わった。甲子園不出場でも偉大な選手はたくさんいるが、この年の結果次第でプロを目指すか否かを決めることにしていたのだ。 だが野球はずっと好きなので進学後も野球を続け、今も社会人野球の強豪チームに参加している。仕事はオフィスに篭りきりだが、真っ黒なのはそのためだ。 彼の父と伯父は、地元で司法書士の事務所を構えている。だから親族の勧めもあって、他に特にやりたいことのなかった彼はとりあえず資格試験の受験を目指すことにし、大学とのダブルスクールでイチからの勉強を始めた。そして3年ほど夜間の勉強を続け、本格的な就活期間が始まってからどうにか試験をパスしたのだ。1年就職浪人をするつもりだったが、資格のおかげで出遅れた就活もどうにか内定までこぎつけ、彼は今年から麹町の事務所で働き始めることとなった。 これは友人たちだけでなく、高校時代の自分自身ですらもまったく想像していなかった未来だと言った。子供の頃は野球選手になると思っていたし、親と同じ道を進む気などさらさらないどころか、仕事の内容の理解すらしていなかった。それくらい想像しなかった未来であり現在だが、大体の社会人はそんなものである、というたくさんの大人がたどり着いた答えの一部に彼もなったのだ。 彼に黙々としたデスクワークなど似合わないが、休日は野球の他に、大学在学中に始めたフットサルもあるとのことなので、充分にその有り余る体力を発散できているのだろう。
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