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ー「それで、ゴローでなくまさか君がセンセイになるとはねえ……」 運ばれてきた砂肝の唐揚げを堪能する高鷹の肩に、天音がそっと腕を回した。 「しかも母校で働くとは」 「とりあえず勝手知ったるとこがいいだろ。俺らの頃から治安も良かったし」 学部は違うが、高鷹は大吾郎と同じ大学に進み、体育教諭になるための教員免許取得を目指した。教育実習は地元川崎の母校でもある公立中学で受け、去年の秋までに中学と高校の教員試験をパスし、採用試験は高校の方の母校で臨んだのだ。 中学は自分がいた頃とそれほど変わらずガラが悪かったが、とりあえず地元ということで縄張り意識の強い生徒たちとも上手くやれた。というより生徒たちは何となく逆らってはいけない雰囲気を感じ取ったのか、高鷹に対する生徒の意識が"地元の逆らえない面倒な先輩"になってしまうのがネックだと、かつての担任に言われた。 ということで、(地域柄もあるが)とりあえずヤンキーなるものがほとんど存在しない高校生を相手にした方がいいと判断し、高校で働くのならやはり自分が懸命にテニスに打ち込めた母校こそが、環境的には最善だと考えた。 "俺、三国先生の副担なったぜ" 今年の春、彼が1年生の副担任を受け持つことになったと聞いた時、天音はこれまで自分の意識からすっかり三国の存在が消えていたことに気がついた。 彼が母校で採用試験を受けると聞いた時にすら、もう思い出すことなどなかったのだ。 "先生、おととし結婚したんだとよ" その言葉にすらも、特に何の感傷も抱かなかった。互いの連絡先は知っているのに結婚の報告をされなかったということは、自分はれっきとした【元恋人】というカテゴリーに当てはめられ、【過去の人物リスト】のどこかに保存されているのだな、と思っただけだ。 嫌いの反対は無関心というが、無関心の反対は嫌いばかりではない。自分はきっと彼に焦がれすぎて、やがてその思いが燃え尽き灰と化したのだ。 その証拠に、彼の幸せは素直に嬉しかった。まだしばらくは教職を続けるらしいこともわかり、やはり彼にはその道が向いているとも思った。自分の中に元恋人用の容量などはない。【忘れられない人たち】専用のメモリにそっとしまい込むだけだ。
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