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「ごめん、ちょっと電話」 天音がパタパタと中座すると、「大変だなあ社長は」と高鷹が言い、サラにこう尋ねた。 「なあ、天音って付き合ってる子とかいるん?」 「……いやあ、わかんない」 「サラにまで教えねえの?」 「聞けば言うんだろうけど、お互いにあんまりそういう話しないし。高鷹が聞けば?」 「なんかあいつ変なとこで緊張感ない?プライベートなところっつーか。たまに聞きづらいとこあるんだよな」 「あれだけプライベートを侵しあいながら生活してたのに」 「そーだけどよ!……でもあいつって秘密主義だと思うぜ」 「わかる。俺も一回聞いて、なんかちゃんとは答えなさそうだなって思って、それ以降触れてねえわ」 耀介の言葉に大吾郎が小さくうなずくが、彼は高校時代の夏休みの会話を覚えている。 離島の開放的な環境の中、誰かと付き合っているらしいということは、確かに彼本人の口から聞いた。どんな人かは詮索しなかったが、自分の知っている人なのかそうでないのかも判別できなかった。 島で撮った写真を見た女子の友人たちも「この子かっこいい」と言っていたのに、天音は不自然なほど"女っ気"というものがなかった。秘密主義だから隠すのが上手いのかもしれないが、実際に恋人がいたとして、在学中も頑なに明かさなかった警戒心の強さは一体何だったのだろう? 彼の幼なじみはあの天山銀次で、それすらも彼の口から明かされたことはない。だからもしかしたら、銀次の紹介で若手の女優やモデルとでも付き合っていたのだろうか?とも思い至ったが、今に至るまで結局何も分からぬままである。 「実はもう結婚してるとかあり得そうだよな」 「あり得るけど、それまで俺らに言わなかったとしたらさすがにすげー悲しいし引く」 「結婚はしてないよ。あんまりする気もないみたいだし」 サラは長年の付き合いの中で彼のほとんどのことを知っているが、彼が誰にも話していない人間関係は、誰であっても知らないフリで話さないことにしている。 「天音にその気がなくても、今は仕事で成功してんだしいろんな子に言い寄られてんじゃねーの?おまけに俺らは見慣れたけど、たぶんあいつは世間一般的にはそれなりに顔もいいはずだ。俺の次くらいに」 高鷹が酒のメニューを見ながら言い、「なあ、もう何かのボトルかビールピッチャーで入れようぜ。お前らまだ飲むだろ?」と聞いた。 「俺なんとなく、天音は高校出たらすぐ子供とかできそうだと思ったけどな。なんかそういう雰囲気あるっつーか」 「ひかりくん生まれてから見に行ったとき、なんか天音のパパよりパパみたいだったもんね」 「そうそう」 「そういや、こないだの5歳になったときの写真可愛かったよな。こないだまでハイハイだったのに、もうあんな大きくなったんだなあ」 チビチビと飲み続けるが、4杯空けてもまったくシラフと変わらない顔で大吾郎が微笑んだ。その優しい横顔をサラがチラリと見やって、恋しさと切なさがないまぜで湧き起こるのを感じた。ひかりが生まれたばかりの頃、愛おしそうに赤ん坊に接する大吾郎を見て、彼の未来の中に自分がい続けることはできないと強く感じたのだ。 「あんな小さい弟いたら、子供ほしくてもまだいいやってなりそうだな。そういう欲が満たされそうっつーか」 「弟と自分の子はまた別じゃない?お世話だってパパとママがするんだし」 「子供なあ。俺もほしいけど俺に似たらグレるんだろうな。たとえ俺が奇跡的にめちゃくちゃいい親になってもグレる運命は避けられなさそうだ」 「高鷹の遺伝子がある限りは、奥さんがインドの高僧くらい聖人でも無理でしょ」 珠希が言うと、「なんだと、この」と、付き合っていたときのようなどこか愛おしげな顔でその頬をつねった。酔っているせいもあるのだろうが、酒が進むにつれ珠希も愉しげに、まるで昔に戻ったように彼と接していた。 「サラ、天音消えたしこっち来いよ」 耀介がとなりの空席にサラを促すと、「おめーセクハラ部長みてえだな」と高鷹が言った。 「いいだろ。俺はサラがお気に入りなんだから」 「耀介酔ってる」 「酔ってねえよ。シラフで言ってる」 「うわキモい、酔っててほしかった」 「珠希も俺の隣来る?」 「絶対やだ」 サラと珠希と大吾郎の並びから、耀介と高鷹にはさまれた天音の空席にサラが移ったことで、意図せずともが視界に入るポジションになった。 集合した時点でサラと大吾郎はごく普通に挨拶を交わしたが、喧嘩もしたことない彼らは、互いの元気そうな姿を見てまたの気持ちが呼び戻されていた。 だが、ただでさえシャイな大吾郎とはそれ以上の会話を交わすことがなく、おしゃべりな珠希と高鷹に仕切られた場に紛れていたが、ふたりはそれとなく互いを意識していた。 サラは変わらず綺麗だ。 うっかりするとまた見惚れそうになるので、意識的に彼から視線を逸らした。 あの島での日々を、大吾郎は鮮明に覚えている。忘れられない数々の夜が、サラと別れてから夢に出てくるようになった。 「サラって酒飲めるんだな」 「少しなら。でももうお茶でいい」 「かわいい」 「きめえな耀介」 「ねー、きもい」 すると先ほど注文したスパークリングワインと焼酎のボトルが運ばれてきて、「サラは離脱するから5人で飲むぜ」と高鷹がさっそく栓を抜いた。
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