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「……俺はお前が何であろうと、友達ではいてやるよ」
「……?」
「たとえお前が俺に対してどんな隠し事をしててもな」
「隠し事……って……」
この中で天音の秘密を知る者はサラだけのはずだ。天音は結局、友人らに実年齢を明かせぬまま高校を出た。
「もういっそのこと、この先もこのままで行けばいいか。別に困ることもないだろうし」などと軽く考え、高校を出てからは彼らとの年齢差のことなどもうすっかり頭から掻き消えていた。
それに自分たちが50や60になった頃には、たかだか3つ程度の年齢差など取るに足らない問題だ。
だが、よく考えたら友達に実年齢も明かさないのは、秘密主義どころではなく人間的にまずいのではないだろうか…と、今更ながらに焦り始めた。もう何年もつき通してしまった嘘だが、どういうテンションで明かせばいいのかもわからぬままここまで来てしまったのだ。
年齢を偽るのは違法行為でも何でもないが、たとえば年齢を詐称したまま結婚したら何らかの罪にあたりそうな気はする。
それくらいの裏切りを、自分はずっと、大事にしているはずの彼らに……
「…誰にも言わねえからはっきり言え」
「……」
「お前ホントは」
「……うん」
耀介たちが不安げな顔で彼らを見つめる。そして高鷹が鋭い目で、しかしどこか悲しそうな顔をして、思い切った様子でこう尋ねた。
「……ホントは、無免許運転してるんじゃねえか?」
「……は?」
「あるいは会社立ち上げてからしばらくは無免許運転して、最近ようやく取ったか」
「いや……え?は??」
「はじゃねえ、俺らは知ってんだぞ。昔林田から聞いたんだ。高2のとき、お前らが青梅の山かどっかの心霊スポット行ったときに、お前が林田の兄貴の改造車を運転して武蔵村山まで帰ってきたって。おまけにマニュアルだ」
「僕も一緒に聞いた。高2でマニュアル車はなかなかやってるよね」
予想外の尋問だ。天音は実年齢の嘘を指摘されるよりも動揺した。
「……いやあ、あの、それは……っていうか、え?そのこと?」
ふとサラ以外の3人を見ると、彼らもどこか気まずそうな表情で目配せし合っている。そしていつもハッキリと物事を伝える耀介が、最大限に気を遣った様子で言った。
「……天音、もしそうだったとしても俺らは絶対誰にも言わねえよ。お前が高校で無免許運転したのはダメだけどもういいとして、もしそのまま取るのめんどくせえってノリで今も運転してるんだとしたら、頼むから明日から教習通ってくれ。無理に時間作ってでもだ」
「通わねえならお巡りにチクるぞ」
「いや、持ってるよ免許」
「いつ取った?」
「それは……」
「怪しいな。見せろ」
高鷹が手を差し出す。だが免許証には天音が隠していた事実が記載されている。
「うーーーーん………いいんだけどお…………」
「天音、別に失効してるとかじゃないんだろ?」
大吾郎が心配そうに尋ねると、天音は「僕は超優良ドライバーだよ」と返す。何ならもうとっくにゴールド免許だ。だからこそ年齢の部分を隠して見せたとしても、その輝く金色のラインで5年以上の運転実績があることが判明してしまう。
問い詰められ、冷や汗をかきながら天音は揺らいだ。冷静に考えれば、年齢を偽っていたことより、無免許運転をしていると誤解される方がよっぽど信頼を損ねるのは明白だ。
だが彼らと出会って7年、ずっと嘘をつき続けていたことを明かすのは怖かった。もはや年齢のことより、嘘を貫き通そうとしていたことが明らかになることが怖いのだ。確実に虚言癖の異常者だと思われるだろう。もはや異常者だと自覚していなかったのかもしれない。
するとサラが酒を一口飲み、ふう、と少し大きくため息を吐いた。
「……みんな、あんまりいじめないであげて」
「いじめてねえよ。これは大事な確認だ」
するとサラが静かに淡々と言った。
「会社用のクレカとかスマホとか契約するとき、身分証は全部しゃちょーの免許証だったよ。僕が代理で手続きしたから、この人が免許持ってるのはちゃんと保証する」
「じゃー素直に見せればいいんだ。飲み会だからっていちいち財布から抜いて置いてくることはねえだろ」
するとサラが深刻な顔をして、こう切り出した。
「あのね……あんまり言いたくないんだけど」
「?」
「信じられないほど写真の顔がひどくて……前に巡回のお巡りさんに免許証見せたことがあったんだけど、別人と間違われて一旦署に連絡とかされたくらいひどいの」
表情はシラフと変わらないが、実は酔っているのだろうか?まったくの事実無根だ。天音は(どんな庇い方や)と口から出そうになったがグッと堪えた。
「は?なんそれ?顔?」
「どういうこと?めっちゃブサイクにうつったってこと?」
珠希に問われ、サラがコクコクとうなずく。
「ひどいんだよとにかく。昔イグアナ呼ばわりされてたけど、本当に爬虫類が取り憑いてるみたいなんだ。あれを今ここで見せろっていうのは可哀想っていうか、そのことでからかってきた大学生のバイトの子にも激昂してクビにしかけたくらい怒るから……本当にやめてあげてほしい」
「ひっど」
「パワハラじゃねえか」
「そ!!そんなことしない!!従業員に怒ったことなんか一度もないから!!!ちょっとかづ……サラちゃん!!変なこと言わないで!!」
「確かに天音って昔から変なとこでスイッチ入るタイプだったもんな」
「よーすけまでやめろよ!!」
「……まあ……でも、本人が嫌がるものを無理に見せろってのは良くないぞ、高鷹。天音はやっぱりそんな無免許運転とかする奴じゃないって」
「そうだなあ〜。俺そんなおもしろ写真見たら絶対一生バカにする自信あるもんな」
「天音怒らせたら面倒だからここではやめようよ。君、天音をキレさせるの得意なんだし」
「しゃーねえな、死ぬほど見てえけどやめといてやるか。俺もうセンセイだから、そういうイジメみたいなこと止める立場だしよー」
「高鷹えらーい!」
「へへ。おい天音、悪かったな、知らなかったとはいえトラウマえぐろうとして」
「違うんだって……写真は普通だし……いやこの際べつに変だったとしてもいいけど、とにかく僕はパワハラなんかしてないからな」
「しゃちょー、ひとつ嘘をつくと、それを隠すためにいろんな嘘をつかなきゃいけなくなって、結局最初の嘘なんか可愛く思えるくらい現実がどんどん拗れていくんだよ。おまけに君を庇うために周りまで必要のない嘘まで言う羽目になるの。よくわかったでしょ」
「くっ……そのとおりだけど、今のは君が勝手に変な嘘をついただけだろ……」
「サ……サラ?ちょっと酔ってる?突然どうしたの?」
「呂律も若干怪しいな」
「でもなんかとつぜん真理を言ったぜ」
「有能な専務がいてよかったな、パワハラ社長!」
「違うんだってえええーーー!!!!」
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