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「よかったね、変なことされる前で」 「ほんとだよ。あいつガキのくせにあんなことするんだな」 「ガキだったのはずっと昔でしょ。僕らと1個しか違わないし」 「そうだけど……あいつは僕の中で、中学校くらいで時が止まってるから」 「親戚のおじさんみたいなこと言うね」 今日はしばらく運転は控えるが、二日酔いなどがなくてよかった。金曜昼の段階ではまだ余裕のあった依頼のスケジュールが、今は隙間なく埋まっている。 「……働こ」 狭小な住宅地だ。ガレージなどはない。バスの往来もある狭い車道でアイドリングさせたトラックの助手席に乗り込む。 まだの危うい天音に変わってハンドルを握るのは、本庄という土日メインで出勤している掛け持ちのアルバイトスタッフだ。平日は引越しのバイトをしており、真面目で働き者で力自慢の頼れる青年である。青年といっても天音より3つ歳上で、この店でスタッフを募集し始めて、天音が最初に面接をしたのが彼であった。 彼は新卒でとある大手不動産屋に勤めたが、日々上司に詰められ精神を病み2年で退職した。転職活動をする余裕もなく衝動的に辞めたため、新たな場所を見つけるまでのつなぎのつもりで時給のいいフリーター生活を始めたようだが、結局今もそのままだ。どうやら彼には今の生活の方が性に合っているらしい。 「今日も過密スケジュールになっちゃったけど、よろしくね」 「余裕っす」 「また大型テレビとドラム式の洗濯機があるんだけど….…」 「引越しと比べたら全然大したことないっすよ」 「さすが。あとでマック買ってあげる」 「よっしゃー!!」 オフィスで流しっぱなしのラジオは、トラックの中でも流している。土曜の午前は、週毎に年代別の月間洋楽ベストヒットを50位から1位まで一気に流す音楽番組が定番だ。 「星崎さん、昨日飲みに行ってたんですね。珍しい」 「そ。香月くんも一緒に、高校の時の友達とね」 「香月さんから聞きましたけど、2人とも男子高だったなんて意外でした」 「そお?寮生活してたよ。門限とかあるし外出も許可制で、自由はあんまりないけど楽しかったなあ」 「寮生活まで?けっこう厳しめの学校だったんですか?」 「単にうちから通いにくいから入ってただけだよ。東京の東から西だからね。学校はスポーツにかなり力入れてるけど、そこまでガチガチな校風ではなかったと思う。偏差値もすごくいいってわけでもないし、かといって荒れてる人もいなかったし、いい環境だったよ、今思うと」 「へえ〜、そんな感じなら寮でも楽しいのかなあ。彼女とかいたんですか?」 「僕はいなかった。3年間ずっと」 「え?モテそうなのに」 「モテないよ。それに出会いも……あるにはあったけど、特に何もなく終わったな」 「香月さんは?」 「彼もまあ……はいなかったかな」 「へえ〜、2人とも共学だったら彼女絶やさなそうなのに。……ていうか星崎さんの、俺ここでいちばん長いのに全然知らないっすね」 「僕だってみんなのプライベートなことなんか知らないよ」 「でもバイト同士だとけっこう彼女とどこ行ったとか、旦那さんとかお子さんがどうとかって話してますよ。で、いつも"星崎さんと香月さんって彼女いるのかな"みたいになるっす」 「そーなの?じゃあいないって言っといて」 「作らないんですか?」 「うーん……特に考えてないかな」 「あんまり興味ない感じしますもんね」 「そお?ていうか本庄くんは?」 「俺は……ちゃんと正社員になったら結婚しようって、彼女に言われてます」 「え?!……じゃあ今のままだと無理じゃん。どーすんの?」 「どーしましょっかねえ」 「どーしましょっかじゃないだろ。就活しなよ」 「一応また転職サイト見てるんですけど、営業でもう一回復帰してみようかなとは思ってます」 「そう……シフトでしか協力できないけど、忙しいだろうから働けるときに入ってくれればいいよ。無理しないでね」 「ありがとうございます。でもここは辞めたくないんですけどね。すげーやりやすいし、仕事も好きだし、みんな優しいし」 「副業オッケーのとこなら続ければ?夜短い時間だけとか、土曜だけとか」 「ぜひそうさせてもらいます」 「ちなみに彼女は正社員?」 「派遣してます」 「そっか……」 もう少し規模が大きくなれば彼に社員登用を打診してもいいのだが、今は本部の人間がサラを含め5人、あとは非正規で回していくのが、人件費を考えるとちょうど良かった。 そもそもここまで拡大させたことは、当初の計画からすれば想定以上だ。
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