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「……つらい」 21時。去年客先から買い取って、そのまま事務所の備品と化してしまったイタリア製のソファーにぐったりと沈み込む。転売すればいい金になるが、寝心地がよくて手放すのが惜しくなってしまったのだ。 「今日の依頼は鬼でしたね。でかい家具ばっかり」 「みんなうちを引っ越し屋と勘違いしてるんじゃないの?」 「しゃちょー、そんな細いのにどっからそのスタミナ出てるんすか」 昼過ぎからずっと依頼先で作業が続いたが、浦野と神原は余裕綽々といった顔で仕事終わりの缶のコーラを飲み下している。彼らはサラと同じ大学に通っている後輩で、それぞれラグビーとカヌーのサークルに所属していた体力自慢のコンビであった。無事に内定も出て、現在は大学生らしいモラトリアムの真っ只中にいる。 「ないよスタミナなんか。この仕事でちょっと体力ついたぐらい」 「でも引っ越し屋並みに動けるじゃないすか」 「あんな重労働なんかしょーじき1件が限界。今日の3件ぶっ続けはやばかった。腕と腰が使い物にならない」 「湿布貼ってあげましょうか?」 「もう貼ってる」 「俺ら来年いなくなる前に、後輩に声かけときますよ」 「本当頼むよ。体力ある子どんどん入れてかないとうちは続けられないから」  「いつもうちに来る佐川のお兄さんもスカウトしてたもんね。あと巡回で来た、柔道が強いって言ってたお巡りさん」 「え、マジっすか」 「あー、こないだ警官をスカウトしてたのは俺見ましたよ。しゃちょーがグイグイ迫ってて、おっかなそうな警官だったのに、"でもぉ…"とか弱腰になって、しゃちょーに負けそうになってんの」 「やば。タイホされますよ」 「いんだよ、あの警官は元々知り合いだったから揶揄ってただけ。でも2人とも理想だよねえ。佐川さんもいい人そうだし」 「しゃちょーのタイプだ」 「そういうんじゃないけどぉ……」 サラは力仕事の必要な客先には出向かないので、出勤時から変わらぬ涼しげな顔で、くたびれる天音をうちわで扇いでやった。 着信が入り、1日中つけっぱなしのイヤホンで応答する。 「はいお疲れ」 依頼を終えやっと得られた休息時間にも、電話はいろいろなところから容赦なくかかってくる。別の自治体に回収屋を含む3軒の支店を構えているが、去年から新たに立ち上げた海外事業部からの電話がここ最近では最も着信数が多かった。 力仕事専門の若者たちだけではなく、雇っている人間は多岐にわたる。ホシザキ産業は規模はそれほど大きくないものの、様々な専門的な能力を必要とする会社だ。買い取ったモノを売りに出すまでに必要な工程を、他社には頼らず自社で一括で請け負うためである。 モノが海外に行き着くまでに仲介業者をどこまで減らせるか、それが当面の課題だ。船の運賃だけではない。保管倉庫や商品の包装や積み込みなど、ひとつひとつの段階すべてに専門的な人員が必要なので、委託コストは際限なく掛かる。試行錯誤していくつもりだが、当面は蓄えた儲けを削りながらの挑戦になるだろう。 ここ最近はずっとそんなことを話し続けている。難しい顔はしたくないが、気づくと眉間に力が入っている。アルバイトは若い子が多いが、役職を与えている者はサラ以外全員が歳上だ。父の年齢に近い人もいて、その人はこの会社で得た金で家族を養っている。 自分は養うべき一般的な家庭を作ることはないだろうが、面倒を見なければならない人間はどんどん増えていく。建設会社を経営する少し歳上の知り合いは同じような人々を何十人と使っており、その胆力を尊敬しているが、それは恐ろしさと表裏一体の感情でもあった。人の生活の責任がのしかかっている。それも何人も。ハタチそこそこの自分なら、こんな仕事はぜったいに選ばなかった。
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