3

1/1
前へ
/23ページ
次へ

3

「ただいま」 「おう」 「おかえりー」 テレビからは今日の試合結果を報じるニュースが流れている。父の定位置だったソファはトトロに奪われたので、しかたなく床に寝そべって缶ビールを傾けていたが、天音の帰宅と共に「そろそろ寝るかな」とあくびをした。朝が早いのもあるが、歳を取るごと彼は早寝になっている。 母はトトロに着せるのだと言って、彼にまったく不似合いな黄色いギンガムチェックの布をジャキジャキと裁断していた。そしてトトロは天音の帰宅を耳だけで感知し、特に何の反応もせずに腹を出して眠りこけていた。 冷蔵庫から残り物を取り出し、ダイニングテーブルでササっと食べて、ササっとシャワーを浴びる。父もそうだが自分もこの年頃にしては充分に早寝だ。どんなに遅くとも23時までには眠る。父ほど朝の早い仕事ではないが、学生時代と起床時間は全く変わらない。 ペコペコと頭を下げるような営業や取引がないので、酒の付き合いがないことは幸いだ。依頼の客に気に入られて誘われることは少なくないが、「忙しくて」とヘラヘラ笑って流している。実際に忙しいので行く暇はないのだが、酒の付き合いというのはこの歳になっても結局好きになれなかった。 だが時々、邦博とはサラと共に近くの居酒屋で顔を合わせている。同い年の彼は5年前に専門学校を卒業後、知り合いの制作会社に就職すると同時に向島を出て、今は職場に通いやすい新宿区の大江戸線沿いに住んでいる。 地元から少し遠のいたが、天音と約束するときはいつもわざわざ上野まで出てきてくれるので、彼が酔い潰れて帰れなくなったら、タクシーで帰るというのを引き止めていつも実家まで連れ帰り寝かせてやっていた。弟も邦博を気に入っているので、朝目覚めて彼がいると大喜びする。今も星崎家を訪れるサラや邦博は、天音の家族とはもう6年以上もの付き合いになっていた。まるで幼なじみのような存在だ。 幼なじみといえば、銀次も運良くキャリアは順調だ。大学もどうにか4年で卒業し、俳優として本格的に稽古を始め、去年公開された出演映画はどうにか滑り込んだレイトショーで観に行った。 役者が長い人生をどのように生きていくのかは知る由もないが、この何年かで数々の同業者の不祥事によるキャンセル騒動を目の当たりにしてきた彼は、"人間として"まっとうにやっていくことの大切さを改めて思い知ったとのことだ。信頼を損なうことの恐ろしさを、常に意識できる環境にあることはよかった。今は世間の目を恐れすぎるくらいでちょうどいい世の中だ。 そして彼には恋人もいる。すぐに終わると思ったがもう2年だ。無論その関係は世間に公表していないしするつもりもないだろうが、いつか終わる時が来たとしても、その愛だけは疑わずに育てていってほしいと願っている。天音は兄弟的な存在を飛び越え、もはや親のような心持ちで彼らを応援していた。
/23ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加