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「しゃちょーって夢とかあるんすか?」 依頼先へ向かうトラックの車中で、神原に唐突に問われた。 「ないよ」 信号が切り替わると同時にあっさりと返す。 「えー、社長なのに?社長って大体夢めっちゃデカいじゃないですか。てゆーか夢がデカくて社長になるんじゃないですか?」 「そーゆー熱い感じ苦手」 「冷めてるなあしゃちょーは。いつか大企業買収したいとか、イーロンみたいになりたいとか、ドバイに住みたいとか、若い実業家が言いがちなこと言いましょうよ」 「君みたいに好きなこととかスポーツとかに情熱燃やしてる人は好きだし応援したくなるけど……その手の暑苦しく夢語る系の人が苦手なんだよな」 「まあわかるっすけど」 「マジメな顔で急にヒトラーみたいな野望語り出す人とかいたら怖いじゃん」 「例えおかしくないですか?」 「ね。全然おかしいこと言ったわ」 「しゃちょーってめっちゃすごい人だと思うんすけど、なんか全然すごい感じ出さないですよね。車も社用車しか乗らないし、実家住まいだし、時計もGショックの安いやつだし」 「えー、Gショックめちゃくちゃいいでしょ。1万円台なのに深海潜れるんだぞ」 「俺も競技の練習中はしてますけど、しゃちょーが深海潜ること絶対ないじゃないっすか。ロレックスとかすればいいのに」 「やだよそんないかにもなセンス。……あ、でも最近大谷が使ってるのと同じモデルのバット買ったな。6万くらいするやつ」 「全然野球してないのに」 「そーなんだよねえ。だから親が使ってる」 「無欲っすねえ」 「僕は従業員のみんなが笑顔で暮らせるだけで幸せなんです」 作り笑顔で助手席の神原にわざとらしい会釈を見せ、「あと今日は65型のテレビの運び出しがあります」とうんざりするようなことを言いながら、依頼主のマンション前のパーキングにゆっくりと停車させた。 そして2時間後。 査定依頼は大型テレビと電子レンジだけだったはずが、予定外に多くの買取を請け負うことになった。それも売ればかなりの額になる代物ばかりだ。高価な新型家電やまだあまり古くないiPhone数台、買って箱から出してすらいないナイキの限定スニーカー数足など、転売を生業にするものなら喉から手が出るほどほしがるであろうお宝を載せ、事務所までの帰路についた。ここがスラム街ならすでに車ごと奪われていただろう。 「……しゃちょーってホストとかやってたら荒稼ぎしそうっすね」 「ホスト?なぜ?」 「なんつーか、しゃちょーと買取行くといつもお客さんが貢いであげてる感じに見えるっす」 「ええ、なにそれ??……でもまあ今回の人はなかなか太っ腹だったね。すごいマンションだったし」 「あのお客さんが売りたかったの、テレビとレンジだけだったでしょ。なのにしゃちょーがニコニコして喜ぶせいでなんか調子付いちゃって、たぶんスニーカーとか予定外に出してきたっすよ。あれもう中古でも出回ってない幻のやつなのに。もっと寝かせたら高い国産ウイスキー並みに高騰しますよ」 「君がスニーカーに詳しくて助かったよ。でもそんなニコニコとかしてたかなあ?」 「あれ無意識ならマジ怖いっす。なんか話し方とか、女子のテンション上がって声高くなったみたいな感じで、"いいんですかあ〜?嬉しいですー♡"みたいな、なんかそんなノリでしたもん」 「絶対そんなことない!!……けどもしそうだったとして、それで宝物出しちゃったんならあのお客さんチョロすぎない?……悪いことしちゃったかなあ……」 「大丈夫っすよ、だってあの人も多分なんかの経営者っぽかったし。壁にもいかつめな四字熟語の掛け軸みたいなの飾ってあったじゃないですか」 「確かに…あの強めなセンスはザ・経営者って感じだね」 「でしょ。だからきっと羽振りいいから平気ですって。あのお客さんにいつもおねだりしてくる飲み屋の女の子としゃちょーが重なったんすよ」 「君なかなか大人びたこと言うね」 「よっ、おねだり上手!」 「何かいかがわしいからやめて」 「連絡先交換してましたけど、飲み行くなら俺も連れてってくださいね」 「やだよ。むしろ君だけで行ってくれ」 「ダメですよ。あの人はしゃちょーをなんですから」
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