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オスとしての自信に満ち溢れたギラついた男に好かれやすいことは自覚している。この仕事を始めてそれが一層顕著になっていた。 客は平等で、誰にでも親切に笑顔で接することをモットーとしているが、そういう接し方に付随した表情や話し方や仕草などが、どうも彼らの心の隙間をいたずらにくすぐってしまうようだ。 オスの本能として自分よりも弱そうなものに強く出る性質があるのだろうが、その弱そうなオスにコロッとお宝を差し出してしまうのだから、彼らはきっと天音の手玉に取られているのだろう。 仏頂面で気難しそうな印象の客でも、作業を終える頃にはすっかり犬のように懐かれている。これは大人になってから発見したある種の"特技"であった。 だがホストに向いていないことは断言できる。会社を立ち上げた年、設立を祝いに来てくれた亜紀彦とふたりでゆっくりと話をしたことがある。 彼は仕事で起きた様々な修羅場を語ったが、それがもしも自分の身に降りかかっていたら1週間ともたないだろうと思った。もちろん彼のように多くの客を抱えるからこその困難であろうが、売れなくても地獄だし、売れても地獄の世界だ。令和まで続く吉原遊廓のような苦界だと思った。 亜紀彦はホストを引退し、今はグループ店を統括する経営側の仕事をしている。自分の店を持たないかと何度か打診されているようだが、ホスト稼業は20代で完全に足を洗いたいとのことで断り続けていた。 彼との付き合いも良好だ。実は事業を立ち上げる際、彼に出資をしてもらった。すなわち亜紀彦は現在このホシザキ産業の株主でもあるのだ。 2人は知り合ってから2年にも満たなかったが、彼は会社設立にかなり協力的だったし、具体的な事業計画に好意的であった。そして自ら出資を申し入れ、事務所を構えるまでの資金を一気に賄えたおかげで、設立までの年季が延びずに済んだのだ。 そして人を雇い入れてから、小さな祝いと礼を兼ねて、初めて彼の在籍店に指名で飲みに行った。客にもドレスコードがあったので、めったに着ないダークカラーのカジュアルなセットアップと、親に「1足くらいはちゃんとしたの待っとけ」と高校卒業時に贈られたオールデンの革靴を履いて、普段から作業着ばかりの彼にしては着飾った。 そのおかげか否か、その夜に席についたどのキャストよりも輝いていた天音を見て、亜紀彦は「天音くんのおかげでこの店の課題点が浮き彫りになった」と複雑な顔で言い、「やっぱ短期でいいからうち来ない?」とダメ押しのスカウトをされた。 年齢よりもずっと大人びた考えを有していた彼と、ようやく少しは対等な話をできる関係に近づけているような気がした。 天音も経営者としてはまだ若いが、亜紀彦はホストと言え、10代からずっと己の頭と身ひとつで生計を立て、天音ではまだ到底及ばない収入を何年も継続させている。個人である己の仕事をひとつの事業として捉えているからこそ、責任を持って弛まず続けられているのだ。 天音は彼とは友達になれるようなタイプではないと思っていたが、独立した男同士として悪くない関係を築けていた。そしていつしか亜紀彦の方が、水商売とは違う堅い仕事で財を成す天音を尊敬するようになっていた。 従業員のために汗水垂らして働き、明日のためにさっさと眠る。夜の街で遊んだり、高級外車に乗り出したり、妙な人間を連れ歩いたり、SNSで持ち物や付き合いをひけらかすようなこともない。まともな親の背を見て育った実直な性質が好きだった。
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