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ー「星崎さん、おはようございます」 「あ、鹿山さん。おはようございます」 「昨日もかなりお買い取りしてきたんですね」 「そうなんですよ、ずいぶん羽振りのいいお客さんで」 店舗の営業時間は9時からで、平日のオープンはパートに任せている。販売予定の中古品のチェックや清掃、販売価格の調査、そしてネット上での一連の出品作業など、やることはそれなりに多い。 「今日も朝から依頼ですか?」 「いえ、今日は午前中からオークションがあるんです」 「オークション?へえ、面白そう」 「面白いですよ。ジャンク品とか、あんまり人気なくて値が上がらないやつが狙い目なんです。うちで修理すれば売れますし」 会社には修理専門の部門もあるため、壊れていてもある程度のものは修復可能だ。年齢不問で修理の希望者を募ったところ、定年後の仕事を探していた人や悪条件で雇われていた中高年であっという間に埋まった。この部門を設けられたのは会社の強みでもあった。 「最近見かけませんでしたが、星崎さんが元気そうでよかったです」 「鹿山さんこそ。最近はずっと依頼先にいるから、早い時間のスタッフさんたちと全然お会いできないですもんね。あ、このあいだの箱根のかまぼこありがとございました。うちでさっそく食べましたよ。美味しかったです」 「わー、よかったあ。星崎さんあまり甘いもの食べないって言ってたから」 天音のことを"社長"と呼ぶのは、サラとアルバイトの大学生コンビだけだ。当初はふざけてそう呼んでいただけだが、今やサラたちにはすっかり定着してしまっている。だから出先で社長と呼ばれると、まるで自分がそう呼ばせているかのようで恥ずかしかった。 かと言って、サラに"星崎さん"と呼ばせるのには抵抗があった。便宜上では苗字であるべきだが、珠希がかつて「パパママ呼びからの切り替えができない」と言っていたように、自分もその切り替えに変な違和感を持っていたのだ。 だからふざけ混じりの"しゃちょー"が一番しっくりきているのかもしれない。 しかし自分はスタッフたちの前で彼を「香月くん」と呼び、最近では2人で話していてもつい香月くんと呼んでしまうようになった。 「箱根なんていいですねえ。たまには行きたいな」 「星崎さん、全然お休みないんじゃないですか?」 「そーですねえ。休むなら依頼を縮小させるしかないですね。今は土日は絶対に外せないから、せめて平日1日くらいは依頼の休業日があってもいいかなあ。店舗は年中無休のままで」 「いいと思いますよ。まだ若いんですから、たまには遊んだりしないと」 「高校が人より出遅れたせいか、早くちゃんとしなきゃって生き急いじゃうんですよね」 「でももう同年代の方達よりずっとすごいこと成し遂げてるんですから、いいんですよ、少しくらい立ち止まっても」 「いいこと言ってくれるなあ、鹿山さん」 わざとらしく眉間に皺を寄せ、まるで感銘を受けたかのような表情をする。だがいい加減週1日の完全なオフを作らなければならないというのは考えていた。依頼が少なく暇な日もあるが、雑務や打ち合わせなどの仕事自体は年中無休だ。 しかし今は特に大事なときなので、休みを得るには自分の頭の中をそっくりそのまま移せる人間が必要であろう。それが無理だからどの経営者も完全なる休みというのを得られないのだ。 知り合いの中で言えば、芳賀のように賢く忠実で、なおかつ力仕事もそれなりにやれる人材がもっとも理想だ。 だが彼は賢すぎて大学進学後に語学留学を経たのち、超大手の総合メーカーに就職したエリート街道まっしぐらの男なので、今や連絡を取ることすら何となく憚られる存在であった。 彼にも会社設立の際に祝いをしてもらったが、まだ若手のはずなのに新規の予約を取らない高級寿司店に連れて行かれ、おまけにそれは大手貿易会社の重役である彼の父が昔から贔屓にしている店だとかで、格の違いをまざまざと感じさせられてしまった。「坊ちゃんがこうしてお友達を連れてきてくれるようになるなんて」と、彼の親くらいの大将が今にも泣きそうな顔で言っていたので知ったのだ。 ここに求めるには手に余るスペックの持ち主なので、科学が急激に進歩したら芳賀のクローンを作って働いてもらうことにした。彼はどんな道に進もうとも自分に対する態度を変えず、こうして大人になってから彼の持つ芯の強さやあたたかみを実感できるようになった。「芳賀くんの人型のAIかクローンがほしいなあ」と言ったら、「AIかクローン以外に無いのかい…?」と複雑な顔をしていた。
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