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「いらっしゃいませ」
「おはようございます。いつもの…」
「ショコラカプチーノ、生クリームとショコラ多めでよろしかったでしょうか?」
「完璧です」
彼が笑った。優しそうな雰囲気に、見ているこちらが癒される。会計をしようとレジを打っていると声をかけられた。「あのっ、岩谷さん」
「はい」
「今日、こちらのお店で商談しようと思っております。ご迷惑にならないようにしますが、よろしくお願いします」
「わかりました。お客様のコーヒーには、予めお砂糖多めに入れておきますね」
そう言うと、パッとショコラカプチーノさんの顔が輝いた。
名前も知らない常連さんだけれども、この店を気に入って通ってくださるのは私も嬉しい。お客様が私の名前を知っているのは、制服の胸ポケット部分に名札を付けているからだ。それを見ればわかるが、お客様は名札を付けているわけではないので、私は彼の名前さえしらない。だから彼のことは、ショコラカプチーノさんと呼んでいる。
「ありがとうございます。取引先の方の前でドバドバ砂糖を入れられないので…助かります」
「とんでもないことでございます。この程度のことでしたら、いつでもお申し付けください」
「本当ならショコラカプチーノを飲みたいのですけれど、そういうわけにはいいませんからね」
「そうですね。商談となればこちらのお飲み物は不向きですね」
取引先の男性が、商談の席でショコラカプチーノの頼んでいる姿を想像すると、なんとも言えない気持ちになった。クリームやチョコレートがふんだんにかけられた飲み物は、商談中に飲むものではないと思うからだ。
「珈琲は昔から苦手なのですか?」
「ええ。昔から苦いものや辛い物が苦手でして…でも、こんな容姿ですから平気だと思われるんですよね。コーヒー頼めばほぼブラックで出されますが、一生懸命飲みます」
「ふふっ」
一生懸命飲むって…どんな時でも全力を尽くす人なんだと思ったら、つい笑ってしまった。
見るとショコラカプチーノさんは、しきりに頭を掻いて恥ずかしそうにしていた。
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