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雨の日
何処かに雨が降り続ける世界がありました。そこには決して晴れの日がなく、毎日毎日雨が降っては止むことがありませんでした。
けれど太陽がないというわけではありません。ちゃんと朝昼晩はあるのです。
雨は降り続けました。
太陽を隠し、僅かに草木の生える大地を覆いながら雨は降り続けました。止むことを知らない雨は、際限なく空から落ちてきました。
ただひたすら、雨は降り続けます。
一昨日も雨が降りました。
昨日も雨が降りました。
今日も雨が降っています。
明日も雨が降るでしょう。
明後日もその次もその次の次も降るでしょう。
その世界はそういう世界だったのです。
雨が降り続ける世界。雨が止むことのない世界。
何もおかしくありません。
だって、雨はその世界が生まれた時から今まで降り続いているのです。それが当たり前なのです。そういう世界なのですから。
だから、その世界の住人もそれに従い生きてきたのです。
たくさんの生き物がいました。多くの生き物がたまった雨の水面より下に生きていました。彼らはそのように自分を変え、雨と共に生きていくことを選んだのです。
中には体を変えることができない生き物もいました。彼らは雨に浮かぶことを覚えました。不思議なことに、雨は降っても降っても空の頂上に着くことはありません。それを見つけたのも雨に浮かんだ彼らなのです。
緑は雨の恩恵を受けて伸び広がります。
枯れることのない葉は雨に打たれて揺れ踊るのです。
雨は降っても降っても止まる気がないようで、世界に降り積もります。世界はとっぷり雨の中。それは悪いことだったのでしょうか。
いいえ。いいえ。
たとえ晴れの日が来なくとも、世界はそれでよかったのです。それこそが世界のあるべき形で、望んだ姿だったのです。
雨は命を潤します。不老不死とさえ言われる人魚とはいかなくとも、そこにある命は長寿を得ることが可能でした。
彼らは長い時間をかけて旅をしました。それはいつだって雨の音と共にあり、雨の匂いに満ちたものでした。
そこでは誰も涙を流しません。いつだって雨が彼らの涙となって世界を落ちていったのです。
流れ落ちていく雨を見ると、彼らは何故か理解するのです。
雨の中、来るか知れない待ち人をあてどもなく待ち続ける孤独さを。
雨は降り続ける。
上から下へ、雨はいつだって落ちてきました。それは世界にとっては当たり前のことだったのです。
ですが、それは別の世界から見れば奇跡に等しいもの。中には一滴も雨が降らずにいる場所もあるでしょう。雨というものは奇跡の一滴でもあるのです。
雨の止まない日を知らない彼らにその価値がわかるのでしょうか。
雨の上を漂う誰かも、雨の下を泳ぐ誰かも気づいていないのでしょう。ですが、雨がなければ彼らの世界はないのです。雨そのものが彼らの世界。近すぎたのでしょう。雨と彼らはまさに一心同体と言える関係だったのです。
それでよかったのです。
そのままでよかったはずなのです。
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