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雨上がる
それでも旅人はやって来ました。別の世界から扉を開いて、雨が降り続く世界へと旅人はやって来ました。
旅人は言いました。
「なんてかわいそうな世界だろう。雨が上がらず、日の目を見ない世界とは」
そしてその瞬間、雨がピタリと止まったのです。
「なんてかわいそうな世界だろう。これは災害だ。こんな世界で人が暮らしていけるはずがない」
「なんてかわいそうな世界だろう。きっと今まで苦しかったはずだ。青空さえ見られないなんて。この雨さえなければ幸せに生きていけるのに」
旅人は何度も言います。この世界はかわいそうな世界なのだと。雨が降ることで不幸になっているのだと。
「外」からやって来た旅人は知らないのです。この雨に込められた意味も、雨と生き物がどのように共存してきたかなども。何も知らず、理解せず、ただ決めつけて否定したのです。
この世界の在り方は間違っている、と。
そしてその旅人は何食わぬ顔で去っていきました。雨に濡れた上着を捨て置いて。
何が悲しかったのでしょうか。何と言えばよかったのでしょうか。
世界はずっとそのままでよかったのです。良いとか悪いとか、そんなことどうでもよかった。ただその形が全てにとって最良の形とバランスを保っていた。
しかし旅人の言葉は世界を壊してしまったのです。
止まった雨は、一瞬の後に空へと上がっていきました。落ちてきた時と同じように幾千の粒が空へと上がって去っていきます。そしてそれは今まで降り注いできた雨たちも同じだったのです。
次々と上がっていく雨を見て、残される生き物たちは叫びます。
「いかないで!」
彼らは初めて涙を流しました。それもまた、空へと上がっていったのです。
雨は次々と上がっていきます。
生き物は手を伸ばして引き留めようとします。雨は次々と去っていきました。
ついに太陽が顔を出した時には、生き物たちは土の上に落とされていました。あんなに自由に泳ぎ回っていた彼らは陽に焼かれ、次々と命を落としていきます。草木は枯れ、種を繋ぐために一瞬だけ花を咲かせ実を落としていきました。
人はどうしたのでしょうか。
人は、呆然としながら二本足で土の上に立っていました。揺らぐこともない地に戸惑いながら、彼らは空を見上げます。
もう、雨は降ってきませんでした。
雨が消えた世界には、その水に溶けていたものだけが残されました。
大地の表面を覆う真っ白な塩。それは雨の中に溶けていた唯一のものです。
誰もが涙を流しました。あの雨たちを惜しんで涙を流し、地に染み込ませました。
もう雨は帰ってきません。この世界には雨が降ることがなくなってしまったのです。
世界は容易く変わってしまいます。世界というものは一欠片の奇跡によって成り立っている存在なのです。
旅人は「自分の世界と違う」ということだけで雨の奇跡を否定したのです。
奇跡は二度起こり得ません。この世界に雨の奇跡は再び起こることがないのです。雨は上がってしまったのです。
大地は枯れました。そして、命もまた枯れていくのです。
雨が上がったこの世界はとても生き辛くなってしまいました。それは雨が降り続いた日々と比べてどちらがより苛酷だったのでしょうか。
人はもう長くは生きられません。大きく成長することができなくなった種族は小さいまま生涯を終えていきます。
大地に残った塩が生き物を干上がらせているのです。足を着けば血を根こそぎ奪うでしょう。
土は細かく砕かれ砂漠となる。そこにあったはずの雨は遠い空の果てへ上がっていってしまいました。残っていたとしてもそれは地中深くに沈んだもの。
かつて容易く手に入れることができた雨は、もう降ってはきません。奇跡は二度、起こらないのです。
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