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8月13日
わたしは夏休みに入った。
心労も祟って、体調を崩し、夏季休暇を早めに与えられた。
特に休暇でもやることがなかった。
種村とはあれ以来、音信不通だ。というか、わたしが彼の連絡を無視し続けていた。
わたしはスマホのメール一覧を見て、背筋がゾッとした。つまり、種村がやっていることはストーカー行為である。一日にメールは二十件を超えることがあった。
いつしか、辻が言っていた。人は誰でも一線を越えると、ストーカーにも犯罪者にもなる。
理性の箍が外れた時、人は良識を捨てる。これは誰にも起こり得ることで、明日、友だちが犯罪者になったとしても、不思議はないのだ。
婚約は白紙になった。
宮子さんは種村を男の風上にも置けないと糾弾した。
父親は種村との契約を破棄した。種村の画廊は閉鎖を余儀なくされた。
俺はある男に呼ばれた。
その男は名前は名乗れないが、陸奥と同じ房にいたという。同じ臭い釜の飯を食った仲だという男からの連絡は、俺の神経を尖らせた。
男は野球帽を目深に被って、周りを警戒するように喫茶店に入ってきた。
目印はキャラクターのTシャツだった。男は俺を見つけると、素早く席に着いた。
男は店内にいても帽子を外さなかった。男の周りだけが、見えないバリアが張られているようだった。
元犯罪者特有の匂いがした。俺は襟を正すと、口火を切った。
「安西さんですね」
安西と呼ばれた男は、ひとつ頷くと、身を乗り出してきた。
「実は、陸奥から預かっているものがあります」
安西の声は震えていた。
「見せてください」
安西は懐から一枚の封筒を取り出すと、素早く滑らせた。
俺は安西に目配せをした。安西が頷いたタイミングで、封筒を開いた。
俺は手紙を見た瞬間、凍りついた。
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