2024年5月31日

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 わたしの目の前に座った男性は画廊を経営する傍ら、全国に絵画教室を展開していた。若いながらやり手の青年実業家に、わたし以外の参加した女性陣は目が釘付けになっていた。  実業家然とした態度ではなく、気さくな一面をのぞかせるあたりは、計算か天然かわからないが、とにかく人を惹きつける何かがあった。 「へえ、お父さんがあの高名な水沢峻三氏でいらっしゃいますか。以前、お父さまの個展会場をうちで提供しました。あれから、お父さまのお加減はいかがですか?」  父親の話に食いついてきた。やはり、彼、種村充は皮を剥げば実業家だ。  ここで、わたしはある可能性に気づいた。十二年前のストーカー殺人のことも知悉していてもおかしくはないことを。  それはわたしたち家族を縛る呪いとなった。 「現在はリハビリ中でして」 「もし、良ければ、お見舞いに伺ってもよろしいですか?わたしも先生にはお世話になりましたし、先生は日本の宝だと思ってます」  わたしは曖昧に頷いた。 「あ、もし、良ければ、この後二人で飲み直しませんか?」  わたしは知らず知らず、アルコールを口にしてしまっていた。酔いは身体中を駆け巡り、とてもではないが、二軒目は無理だった。 「すみません。わたし、お父さんが心配なので、もう帰ります」 「そうですか...。あの、妹さん、本当に気の毒でした。僕は当時、大学生でして。文学部で心理学を専攻していました。今の仕事にも、結構直結しているんです。やればやるほど奥の深い学問ですね。あ、すみません。こんな話をして...」 「構いません。わたしも亜美がストーカー殺人の犠牲になった時、お気楽な大学生でした。わたし、ダメな姉だったんです。亜美がストーカーに悩んでいたなんて、全然知らなくて」 「ご自分を責めるのは良くないことです。姉妹なんて、互いのことがわかっていそうでわからないものです。いいですか。これからはご自分のために生きていった方がいいです」
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