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2020年 3月11日
外は生憎の雨だった。
俺は府中刑務所の門をくぐった。十年ぶりの娑婆の空気が肺に痛かった。
中と外ではこんなにも空気が違うのか。俺は多分、濁りきった空気を吸っていたんだなと思い、一人ほくそ笑んだ。
粗末なビニール傘を差したまま、門前の刑務官に型通りの一礼をする。刑務所ですっかり身に着いた癖のようなものは、しばらく抜けそうにない。
荷物は微々たるもので、手提げ鞄の中には着替えと洗面具ぐらいしかなかった。さあて、この雨の中、どこへ行こうか?
「辻祐介だな?」
下を向いていたので、思わずぶつかりそうになった俺は舌打ちをして見上げた。ところで、どうして俺の名前を知っているのか?
「覚えているかな?わたしのこと」
男はくたびれたトレンチコートを着ていた。タバコを咥えていた。人相はお世辞にもいいとは言えない。
「あんた、あん時の...」
「お勤めご苦労だったな。これから予定があるか、と訊くのは野暮かな?」
「いいえ。ちょうど暇を持て余していたところでして。刑事さん、すっかり老けたね」
赤木晴太は片頬を上げた。
「辻ももう、心を入れ替えたか?」
「ええ。僕もあの頃と比べて成長しましたよ。僕は希少な成功例です。ストーカー犯罪の再犯率は五十を越えてますからね」
確かに辻の言う通りだ。ストーカー犯罪は年々増加傾向にある。出所しても再び、ストーカーになってしまうケースもある。決まってストーカーは自分は悪くないと主張する。悪いのは自分の思いを受け入れない相手だと決めつける。自分勝手でわがままな面は、少なからず、人にはある。ただ、人は理性の生き物だ。これ以上、踏み込んではいけないとわかるし、それは小さい頃から現在に至るまで経験や学習を積んでいくものだ。
だが、近年、この学習を身に着けられていないものが多い。
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