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「実は折り入って頼みたいことがある。車を用意した。こんな雨の中、歩くのは嫌だろう」
「そうだねえ。娑婆の門出くらいは晴れてほしかったけど。自然には逆らえないな」
「ところで、正義の味方の警察が俺に頼みって何かな?」
俺は後部座席に座り、訊いた。隣には赤木が座った。
「タバコ、吸いたいか?あっちじゃ吸えなかっただろう?」
「いや。すっかりニコチンがなくても大丈夫な身体になったよ。それより酒が飲みたいね」
「まあ、お酒はこの案件が片付いたら、たらふく飲ませてやる。出してくれ」
覆面パトカーはゆっくりと走り出した。
辻祐介、事件当時は二十一歳の大学生だった。
名門の進学校から名門の大学に進んだ辻は成績も優秀だった。家庭も大手企業の重役の父親に小学校教師の母親と三人暮らしで、辻の近所の評判もよかった。道ですれ違えば、挨拶はするし、困っている人がいたら手を貸してやったりしていた。いわゆる犯罪とは最も縁遠い青年だった。
そう。ある女性と出会う前までは。運命のいたずらだろうか。よりによって、その女性が警察官だった。
辻祐介はアルバイトをして貯めたお金で中古車を買った。ただ、父親は辻には厳しく、欲しいものは自分で稼いで買えという教育方針だった。だから、辻は節約のため、車を駐車場に止めないで路上駐車していた。
いつものように図書館で調べものをした後、路上に戻ると、婦人警官が車のナンバーを控えていた。あの婦人警官だと思い、辻は駆け足で車に戻った。
時すでに遅く、婦人警官は青切符を出そうとしていた。
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