2024年5月25日

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 わたしはしばらく休職することになった。わたしは事件の当事者になって初めて、被害者感情を知った。それと同時に、亜美が殺害された日、ゼミ合宿で長野でキャンプファイアを楽しんでいた自分が許せなかった。あの時、亜美は恐怖のどん底にいた。なのに、わたしは能天気に合宿を楽しんでいた。  わたしはそんな自分を擁護したい気持ちが働き、父親になぜ迎えに行かなかったのかと詰った。  父親はすべては自分の責任だと素直に認めた。いつもはわたしの攻撃にやり返してくる父親は、この時ばかりは牙を抜かれていた。  亜美はストーカーのことはわたしたち家族に言及しなかった。黙っていた理由はわからないが、亜美は心配をかけまいとしていたのかもしれない。  それともパパ活をしていたことを秘密にしたかったのか?それにしても、亜美が一言でもストーカー行為をされていることがわかっていたら、殺されずに済んだかもしれない。  わたしはそう考える度に歯噛みした。  事件は犯人の男が自首してきたことから、簡単に幕引きとなった。  思えば、事件は形式的には終わりを迎えたが、加害者と被害者がいる限り、終わりはなかった。  陸奥が捕まって罪を悔い改めたところで、亜美は戻ってこない。命はひとつしかない。その命を奪った人間が改悛したところで、被害者遺族には空々しく聞こえるだけだ。  ストーカー規制法があろうとも、それは抑止にはならない。亜美と同じような被害者を量産しているこの国の病巣を治療する手立てはもう、ない。  ただ事件が起きる度に、加害者の素顔と被害者の素顔がマスコミによって晒され、市民はそれに対して好奇な眼差しを向けるだけだった。
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